トルコでの Plurality の広がりってなに?
本を別の言葉に訳すのは、ふつう何か月も何年もかかる仕事です。ところがトルコでは、オードリー・タン(Audrey Tang)とグレン・ワイル(E. Glen Weyl)の書籍『Plurality』の全章が、2 日ほどでトルコ語になりました。それはどうやって作られ、トルコではどう受け止められているのでしょうか。
ひとことで言うと
2026 年 9 月、個人の開発者が『Plurality』の全章をトルコ語に訳し、誰でも自由に使える形(CC0)で公開しました[1][2]。後半の 13 章には、AI と共同で作ったという記録が残っています[1]。
一方で、この本そのものを論じたトルコ語の書評・報道・講演は、この記事のための調査(2026 年 10 月)では見つかっていません。トルコ語でタンとワイルが紹介されてきたのは、主に 2020 年のパンデミックの報道と、暗号資産のメディアです。そこでは二人は別々に登場します。
たとえば
トルコ語訳『Çoğulluk』(2026 年 9 月 5〜6 日)。 GitHub(文書を共同で作るサイト)の利用者 omgbbqhaxx が、本の公式の置き場を複製(fork)して、全章をトルコ語にしました。更新の記録の作者名は Yasin Aktimur です。書名は『Çoğulluk: İşbirliğine Dayalı Teknolojinin ve Demokrasinin Geleceği』(多元性:協力にもとづく技術と民主主義の未来)です[1][2]。翌日には読書用のサイトを作り、各章に「Bölümü dinle」(章を聴く)という読み上げの機能をつけました[1][3]。
ハラリとタンの対談のトルコ語訳(2020 年 8 月 1 日)。 ニュースサイト A3 Haber は、RadicalxChange の番組で歴史家ユヴァル・ノア・ハラリ(Yuval Noah Harari)とタンが話した対談(司会は Puja Ohlhaver)の一部を、トルコ語に訳して載せました(訳 Ayşen Tekşen)[4]。英語の元の書き起こしも公開されています[5]。
くわしく
翻訳はどう作られたか
最初の更新(2026 年 9 月 5 日)では、22 の章のファイルと、訳語集「SOZLUK.md」がまとめて加えられました。この更新には、共同作業者の表示がありません[1]。
残りの 13 章は、9 月 6 日のおよそ 2 時間のあいだに、1 章ずつ加えられました。そのそれぞれの記録の末尾には「Co-Authored-By: Claude Opus 5」か「Claude Fable 5.1」とあります。Claude は AI の名前です。読書サイトと読み上げ機能の更新にも、同じ表示があります[1]。つまり、少なくとも後半の 13 章とサイトは、AI と一緒に作られたことがわかります。最初の 22 章がどう訳されたかは、記録からはわかりません。
読み上げは、トルコ語の音声のモデルをブラウザの中で動かす仕組みです。モデルを読み込めないときは、ブラウザがもともと持っている音声に切り替わります[1]。
広がりはまだ見えない
2026 年 10 月 2 日の時点で、この置き場に「いいね」にあたる star や、複製(fork)は一つもありませんでした。トルコ語の PDF や EPUB(電子書籍の形式)も公開されていません。本の公式の置き場にも、トルコ語訳についての連絡の跡は見つかっていません[1]。
タンはトルコ語でどう紹介されたか
トルコ語のタンの記事は、2020 年に集まっています。Siber Bülten の長い記事は、マスクの在庫の地図、ひまわり運動、市民参加の場 vTaiwan、市民ハッカーの集まり g0v、ファクトチェックの Cofacts などを紹介しました[6]。Mikro-Makro は AFP の取材をもとに、タンが自分を「muhafazakâr anarşist」(保守的なアナーキスト)と呼んでいることを伝えています[7]。→ オードリー・タン・vTaiwan・g0v
ワイルは別の入口から知られた
暗号資産のメディアは 2022〜2023 年に、ワイルを、譲れないデジタルの証明書「soulbound token」と、「分散型社会(Decentralized Society)」の論文の共著者として紹介しました[8][9]。
北キプロスのトルコ語の新聞 Havadis のコラムは、ワイルとエリック・ポズナー(Eric Posner)の前著 Radical Markets を「Radikal Piyasalar」と訳して、その投票の仕組みを紹介しました。ただし筆者は、仕組みの細かいところは理解していないと自分で断っています[10]。→ ラディカル・マーケット・グレン・ワイル
Community Notes はトルコでも関心の的
BBC Türkçe によれば、Meta は、トルコでのファクトチェックで、Teyit と Doğruluk Payı という団体と組んできました。2025 年 1 月、Meta は専門家によるファクトチェックをやめ、利用者が注をつける「Community Notes」に移ると発表しました(まずはアメリカで、とされています)。同じ記事は、Teyit の創設者が、分断をあおる偽の情報や、陰謀論がまた広がり、対立が強まることを心配している、と伝えています[11]。→ Community Notes
国内の参加の仕組み
本が描く参加の道具と形の近い実践は、トルコにもあります。イスタンブール広域市は 2022 年に参加型予算(住民が予算の使いみちを提案し、投票で選ぶ仕組み)を始め、2023 年からは「Bütçem İstanbul」と呼んでいます[12]。2027 年度の分では、634 件の提案のうち 40 件が市民の投票にかけられ、15 件が選ばれました[13]。Varto 市の発表によれば、市の参加型予算は、参加型民主主義国際観測所(OIDP)の 25 周年の賞の一般投票で、応募した 188 の自治体の中で 2 位になりました[14]。
ただし、こうした実践を『Plurality』やタン、ワイルと結びつけて論じたトルコ語の資料は、見つかっていません。
どこが議論になっているか
- ワイルへの左派からの批判。 批評家エフゲニー・モロゾフ(Evgeny Morozov)の論文「テクノ封建的理性の批判」のトルコ語訳は、ワイルとポズナーをより若く、より新自由主義的な思想家と位置づけ、Radical Markets が「テクノ封建制」という語を使ったことを取り上げています。注では、利用者を働き手とみなす立場をワイルも支持してきた、とも書いています[15]。この訳は、スペイン語版からの重訳とみられ、訳者の名前はありません。
- Community Notes の「合意」重視への批判。 Doğruluk Payı は、スペインの団体 Maldita.es の分析を紹介しました。2024 年に X で表示が認められた注は 8.3% だけでした。ファクトチェック団体を出典にした注は承認されやすく、表示までも速いのですが、それでも 85% は表示されません。違う見方の利用者どうしが合意しないと表示されない仕組みだからだ、と説明しています[16]。
- 本そのものへのトルコ語の批評は、まだ見つかっていません。 AI と一緒に作った訳の質を論じた資料もありません。
よくある誤解
- 誤解の例:クアドラティック投票の説明の取り違え。 上の Havadis のコラムは、仕組みを理解していないと断ったうえで数の例を出しています。けれどもその例は、票の数の 2 乗だけ投票の権利を払う、というクアドラティック投票の説明と合いません。トルコ語の別の解説では、ある案に 4 票入れるには 16 の投票の権利が要る、と説明されています[10][17]。→ クアドラティック投票
Plurality の中での位置
本の英語版は、トルコに触れていません。トルコでの接点は、本の側からではなく、翻訳と、周りの話題から生まれています。
トルコ語訳の訳語集は、訳語の選び方を説明しています[18]。
- 書名と中心の概念は「Çoğulluk」です。⿻ の記号は、繁体中文版にならって訳さずに残します。
- collaborative を「işbirlikçi」と訳すと、トルコ語では敵に協力する者という意味を帯びるので避け、「işbirliğine dayalı」(協力にもとづく)とします。
- クアドラティック投票は「Karesel Oylama」、クアドラティック・ファンディングは「Karesel Fonlama」です。governance(統治のあり方)は「yönetişim」とし、「yönetim」(管理)とは分けています。
本文では、Plurality(Çoğulluk)と pluralism(多元主義、çoğulculuk)を別の語にしています。たとえば 2-1 章の「民族の多元主義」(英語版では ethnic pluralism)は「etnik çoğulculuk」です[2][19]。→ 言語ごとの訳語・本の版と翻訳
ほかの国・地域の記事:
- 日本での Plurality の広がり・韓国での Plurality の広がり・タイでの Plurality の広がり
- ロシア語圏での Plurality の広がり・イタリアでの Plurality の広がり
もっと知りたい人へ
- トルコ語訳の読書サイト(トルコ語・本、読み上げつき、CC0)— https://omgbbqhaxx.github.io/plurality/tr/
- トルコ語訳の置き場と訳語集(トルコ語・本、CC0)— https://github.com/omgbbqhaxx/plurality
- トルコ語訳の更新の記録(英語・記録)— https://github.com/omgbbqhaxx/plurality/commits/main
- Doğruluk Payı「X'te Hakikat Arayışı: Topluluk Notları」(トルコ語・記事)— https://www.dogrulukpayi.com/bulten/x-te-hakikat-arayisi-topluluk-notlari
- 『Plurality』3-0「What is ⿻?」(英語・本、CC0)— https://www.plurality.net/v/chapters/3-0/eng/
出典
- omgbbqhaxx/plurality の更新の記録(2026-09-05〜06)— https://github.com/omgbbqhaxx/plurality/commits/main [CC0]
- omgbbqhaxx/plurality(トルコ語訳の置き場)— https://github.com/omgbbqhaxx/plurality
- トルコ語訳の読書サイト — https://omgbbqhaxx.github.io/plurality/tr/ [CC0]
- A3 Haber のハラリとタンの対談のトルコ語訳(2020-08-01)— https://a3haber.com/2020/08/01/escinsel-tarihci-harari-ve-tayvanin-ilk-trans-kadin-bakani-tang-ile-soylesi-gozetleme-teknolojisi-bizi-kendimizden-daha-iyi-ve-once-mi-kesfediyor/ [CC0]
- タンとハラリの対談の書き起こし(2020-06-30、CC0)— https://archive.tw/2020-06-30-conversation-with-yuval-noah-harari [CC0]
- Siber Bülten のタンの記事(2020-08-09)— https://siberbulten.com/makale-analiz/tayvanin-pandemiyi-hackleyen-dijital-bakani-audrey-tang/
- Mikro-Makro のタンの記事(2020-06-26)— https://mikro-makro.net/tayvanin-transseksuel-dijitallesmeden-sorumlu-bakani-fikirleri-ile-destek-goruyor
- BeInCrypto Türkiye の soulbound token の解説(2022)— https://tr.beincrypto.com/soulbound-token-sbt-nedir-vitalik-buterinin-cilgin-nft-dijital-kimlik-projesi/
- BtcTurk の soulbound token の解説(2023)— https://bilgiplatformu.btcturk.com/kripto-okur-yazarlik/soulbond-token-nedir/
- Havadis のコラム「Eşit oy hakkı hangi durumlarda adil değil?」(2022-07-04)— https://www.havadiskibris.com/esit-oy-hakki-hangi-durumlarda-adil-degil/
- BBC Türkçe の Meta のファクトチェックの記事(2025-01-18)— https://www.bbc.com/turkce/articles/crm7w32dez0o
- bianet のイスタンブールの参加型予算の記事 — https://bianet.org/haber/istanbullular-ibb-butcesini-planliyor-262567
- Gazete Kadıköy の Bütçem İstanbul 2027 の結果の記事(2026-08-10)— https://www.gazetekadikoy.com.tr/cevre/istanbulun-projelerini-istanbullular-secti
- ANKA の Varto 市の参加型予算の記事(2026-09-24)— https://ankahaber.net/haber/varto-belediyesi-nin-katilimci-butce-calismasi-oidp-25-yil-odulu-surecinde-ikinci-oldu-607d9747
- Morozov「Tekno-Feodal Aklın Eleştirisi」のトルコ語訳(2022、アーカイブ)— http://web.archive.org/web/20241206191036/https://www.devrimcidemokrasi3.org/tekno-feodal-aklin-elestirisi-kapitalizmin-itibarini-aklamamaliyiz/
- Doğruluk Payı「X'te Hakikat Arayışı: Topluluk Notları」(2025-02-28)— https://www.dogrulukpayi.com/bulten/x-te-hakikat-arayisi-topluluk-notlari
- NinjaNews の投票の方式の解説(2025)— https://ninjanews.io/akademi/yonetisim-tokenlarinin-gelecegi/
- トルコ語訳の訳語集「SOZLUK.md」— https://github.com/omgbbqhaxx/plurality
- 『Plurality』2-1「A View from Yushan」— https://www.plurality.net/v/chapters/2-1/eng/ [CC0]
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