Plurality の地図

インドネシアでの Plurality の広がりってなに?

インドネシアでは、書籍『Plurality』のインドネシア語訳も、本を取り上げた報道も見つかっていません。目立つのはタンの人物紹介と台湾の偽情報対策の報道で、ファクトチェックの協働や住民参加の計画の制度は、本とは別に前からありました。

インドネシアには、報道機関や市民の団体が手を組んでファクトチェック(情報が本当かを確かめること)をする取り組みや、住民が町の開発計画に意見を出す制度があります。台湾のオードリー・タン(Audrey Tang)とグレン・ワイル(E. Glen Weyl)の書籍『Plurality』と、インドネシアのこうした動きは、どこで重なっているのでしょうか。

ひとことで言うと

2026 年 10 月の時点で、『Plurality』のインドネシア語訳は見つかっていません[1]。インドネシア語のニュースを検索しても、本そのものを取り上げた報道は見つかりませんでした。

目立つのは、タン本人の人物紹介と、台湾の偽情報対策の報道です[2][3]。報道機関が協力するファクトチェックや、住民が参加する開発計画の制度は、本とは別に前からありました[4][5]。

たとえば

タンが挙げたインドネシアの例(2019 年 9 月 16 日)。 台湾でインドネシア人の労働者にかかわる仕事もしている J. Casey Hammond との面談で、タンはインドネシアの「Cekfakta」を話題にしました。タンによれば、Cekfakta は中立を目指す取り組みで、AFP のような国際的な報道機関と国内のさまざまな報道機関が、ファクトチェックの手順を共有して、信頼("legitimacy")をいっしょに築いています。そして台湾には、そうした広い報道機関の連合は無い、と比べました。ただしタンは、これに「That's from what I understand」(私の理解では、ですが)と留保を付けています[6]。

同じ席で Hammond は、前の年の Oslo Freedom Forum(オスロで開かれる国際会議)に招かれた人権の円卓で、自分が次のように話した、と語りました。「Two bright spots for democracy in this region are Taiwan and Indonesia.」(この地域で民主主義の明るい点は、台湾とインドネシアの二つだ)。これは Hammond 自身の見方です[6]。

台北のファクトチェックの会議(2025 年 5 月 7 日)。 台湾のファクトチェックの団体 Taiwan FactCheck Center が開いた「Forum Cek Fakta Taipei 2025」で、インドネシアの市民団体 MAFINDO(Masyarakat Antifitnah Indonesia)の創設者 Septiaji Eko Nugroho が話しました。台湾の通信社 CNA のインドネシア語版の報道によれば、Septiaji は、インドネシアから海外に働きに出た労働者がネット詐欺の標的になりやすいと述べ、デジタルリテラシー(ネットの情報を見きわめる力)が必要だと訴えました[7]。

くわしく

本の訳は見つかっていない

本の元の置き場(GitHub の pluralitybook/plurality)にある本文は、英語と繁体中文の二つだけです。160 件の複製(fork)も名前と説明を見ましたが、インドネシア語訳のものは見つかりませんでした(このサイトによる 2026 年 10 月の暫定の数え)。公式サイト plurality.net の言語の一覧にも、インドネシア語はありません[1]。

ワイルの名前でインドネシア語のニュースを検索して出てきたのは、投資アプリ Ajaib(Ajaib Kripto)のサイトにある、ソウルバウンド・トークン(譲り渡せないデジタルの証明書)の解説 1 本だけでした(このサイトによる 2026 年 10 月の暫定の数え)。その解説はワイルらの論文を挙げています[8]。国立図書館の目録はまだ調べていません。→ ソウルバウンド・トークン

唯一見つかった訳書『Meretas atau Diretas』

見つかった唯一の訳書は、タンと歴史家のユヴァル・ノア・ハラリ(Yuval Noah Harari)の対話の本です。RadicalxChange 財団が開いた対話「To Be or Not To Be Hacked?」が、出版社 Penerbit Semut Api から『Meretas atau Diretas』(ハックするか、ハックされるか)として本になりました。2020 年に出たと、書評 2 本が書いています[9][10]。本そのものはまだ確かめていません。→ ユヴァル・ノア・ハラリ・RadicalxChange

タンはどう報じられてきたか

2018 年 9 月、インドネシアの報道は Reuters の取材をもとに、タンをトランスジェンダーの大臣として紹介しました。CNN Indonesia は、社会的企業(社会の問題をビジネスで解く会社)への支援を中心に書きました[2]。JPNN は、2014 年のひまわり運動(台湾の学生による国会の占拠)から入閣までの流れと、何でも公開するという「serbatransparan」(すべて透明に)の原則を書いています[11]。

2020 年 9 月の Kompas.com は、媒体 GovInsider Asia を引いて、台湾が COVID-19 の偽情報にミーム(笑える画像)で対抗したと伝えました[3]。2021 年 12 月の kumparan は、AFP の報道をもとに、ソウルの会議でのタンの登壇が、中国と台湾の関係をめぐる問題("cross-Strait issues")を理由に取り消され、台湾が韓国に抗議したことを報じました[12]。

ファクトチェックの協働

Cekfakta.com は、自分たちを次のように説明しています。MAFINDO が作り、独立ジャーナリスト連盟(AJI)とサイバーメディア協会(AMSI)に加わるネットの報道機関と組み、Google News Initiative の支援を受ける、協働のファクトチェックの計画です[4]。先ほどの Hammond は、MAFINDO が 2016 年にできたと話しています[6]。

2020 年 12 月には、インドネシアのセベラス・マレット大学(UNS)の Rino Nugroho らが、偽情報の研究のためにタンに話を聞きました。タンは、台湾の市民のプロジェクトから生まれたファクトチェックの仕組み Cofacts や、うわさに笑いで応える「humor over rumor」のやり方を説明しています[13]。→ Cofacts

X(旧 Twitter)で利用者が投稿に補足を付ける Community Notes は、インドネシア語の Wikipedia に「Catatan Komunitas」の名で記事があります[14]。2025 年 1 月には、Meta が米国でファクトチェックをやめ、Community Notes 型に移ると発表したことも、VOA Indonesia が報じました[15]。→ Community Notes

住民参加の開発計画 Musrenbang

Musrenbang(Musyawarah Perencanaan Pembangunan、開発計画の協議)は、国や地方の開発計画を、関係する人たちが集まって話し合う場です。2004 年の法律第 25 号で定められています[5]。

これをネットに載せた「e-Musrenbang」もあります。バンダアチェ市は 2015 年に e-Musrenbang を入れ、市長は、住民が自分の出した提案が処理されたか、削除されたかを見られるようになる、と述べました[16]。バンドン市は 2017 年に始めました。町内会(RW)の長が住民の提案を入力し、町(kelurahan)が確かめ、郡(kecamatan)がさらに確かめる、と段階を踏みます。提案は予算の仕組みともつながっています[17]。当時の市長 Ridwan Kamil は、住民にとって大事なのは「bukan soal disetujui tidaknya, tapi diberi kepastian」(認められるかどうかではなく、はっきりした答えをもらえること)だ、と話しています[17]。

選挙の開票を市民が確かめる

インドネシア語の Wikipedia によれば、2014 年の大統領選挙のあと、Ainun Najib が仲間と KawalPemilu.org を作りました。選挙管理委員会(KPU)が公開した開票の用紙を、ボランティアが手分けして集計するサイトで、集計の操作を防ぐのがねらいでした[18]。

ただし、ここまでに挙げた Musrenbang や KawalPemilu の資料には、『Plurality』やタンの名前は出てきません。

本の考えに引きつけた論

ニュースサイト kumparan の利用者投稿(2025 年 7 月)は、台湾の vTaiwan(政府と市民がネットで政策を話し合う場)の 4 つの段階を紹介し、それを「参加の梯子」(市民に渡される力の大きさを段階で示す、Sherry Arnstein の考え)で読みました。筆者は、UberX の件を例に台湾は「パートナーシップ」の段まで来たと言える一方で、インドネシアの市民参加の場には、まだ「simbolik」(形だけ)のものもある、と論じています。これは筆者個人の意見です[19]。

2026 年 6 月、自著『Demokrasi Digital』の出版記念の催し(ボゴール農科大学、IPB)で、著者の Andi Ilham Paulangi は、ネットで市民の声をまとまった形で受け止める参加の仕組みの例として、台湾とバルセロナを挙げました[20]。

どこが議論になっているか

よくある誤解

Plurality の中での位置

本の英語版は、インドネシアを取り上げていません。本は 2-2 章「デジタル民主主義の日常」で、台湾の Cofacts を、市民がネットの怪しい投稿にすばやく応える g0v(台湾のシビックテックのコミュニティ)のプロジェクトとして紹介しています[22]。5-4 章では Community Notes を、コミュニティによる「ファクトチェック」の仕組みとして取り上げています[23]。

タンが 2019 年に Cekfakta を報道機関の連合の例として挙げたことは、こうした Cofacts や Community Notes の話題と重なります[6]。Musrenbang や KawalPemilu は、本の vTaiwan や 台湾のデジタル民主主義 と比べてみることのできる材料です。けれども、両者を結びつけて論じた資料は、まだ見つかっていません。

ほかの国・地域の記事: タイ・台湾・日本・韓国

もっと知りたい人へ

  1. タンと Hammond の面談の記録(英語・対話の記録、CC0)— https://github.com/audreyt/transcript/blob/main/2019-09-16-Meeting-with-J.-Casey-Hammond.md
  2. UNS の研究者によるタンへの取材の記録(英語・対話の記録、CC0)— https://github.com/audreyt/transcript/blob/main/2020-12-08-Rino-A-Nugroho%2C-Dachi-Liao-and-Septyanto-Galan-Prakoso-visit.md
  3. MAFINDO と Taiwan FactCheck Center の会議の報道(インドネシア語・記事)— https://indonesia.focustaiwan.tw/society/202505075001
  4. バンドン市の e-Musrenbang の報道(インドネシア語・記事)— https://news.republika.co.id/berita/okrav9400/emusrenbang-perkuat-smart-city-bandung
  5. 『Plurality』2-2「The Life of a Digital Democracy」(英語・本、CC0)— https://www.plurality.net/v/chapters/2-2/eng/

出典

  1. pluralitybook/plurality の fork の一覧と本文の置き場(GitHub、2026-10-02 に確認)— https://github.com/pluralitybook/plurality/forks [CC0]
  2. CNN Indonesia「Transgender Jadi Menteri di Taiwan, Satu-satunya di Dunia」(2018-09-24)— https://www.cnnindonesia.com/internasional/20180924150103-113-332736/transgender-jadi-menteri-di-taiwan-satu-satunya-di-dunia
  3. Kompas.com「Rahasia Taiwan Melawan Hoaks Seputar Covid-19: Menggunakan Meme」(2020-09-11)— https://amp.kompas.com/tren/read/2020/09/11/194500665/rahasia-taiwan-melawan-hoaks-seputar-covid-19-menggunakan-meme
  4. Cekfakta.com「About」— https://cekfakta.com/about
  5. Wikipedia(インドネシア語)「Musyawarah Rencana Pembangunan」(CC BY-SA 4.0)— https://id.wikipedia.org/wiki/Musyawarah_Rencana_Pembangunan [CC BY-SA 4.0]
  6. タンと J. Casey Hammond の面談の記録(2019-09-16、CC0)— https://github.com/audreyt/transcript/blob/main/2019-09-16-Meeting-with-J.-Casey-Hammond.md [CC0]
  7. CNA Fokus Taiwan「MAFINDO: Literasi digital cara ampuh lindungi PMI dari penipuan daring」(2025-05-08)— https://indonesia.focustaiwan.tw/society/202505075001
  8. Ajaib「Yuk, Kenalan dengan Token Soulbound Milik Co-Founder Ethereum」(2023-01-03)— https://ajaib.co.id/belajar/investasi/token-soulbound
  9. Omong-Omong「Pilih Meretas atau Diretas?」(2022-01-30)— https://omong-omong.com/pilih-meretas-atau-diretas/
  10. Yoursay「Meretas atau Diretas: Masa Depan Algoritma di Kehidupan Manusia」(2023-12-26)— https://yoursay.suara.com/ulasan/2023/12/26/112000/meretas-atau-diretas-masa-depan-algoritma-di-kehidupan-manusia
  11. JPNN「Audrey Tang, Transgender Anarkis yang Jadi Menteri Taiwan」(2018-09-25)— https://www.jpnn.com/news/audrey-tang-transgender-anarkis-yang-jadi-menteri-taiwan
  12. kumparan「Menterinya Batal Diundang Jadi Pembicara, Taiwan Protes ke Korsel」(2021-12-21)— https://kumparan.com/kumparannews/menterinya-batal-diundang-jadi-pembicara-taiwan-protes-ke-korsel-1x9aMGzj0y2
  13. タンと Rino A Nugroho らの面談の記録(2020-12-08、CC0)— https://github.com/audreyt/transcript/blob/main/2020-12-08-Rino-A-Nugroho%2C-Dachi-Liao-and-Septyanto-Galan-Prakoso-visit.md [CC0]
  14. Wikipedia(インドネシア語)「Catatan Komunitas」(CC BY-SA 4.0)— https://id.wikipedia.org/wiki/Catatan_Komunitas
  15. VOA Indonesia「Meta Hentikan Program Cek Fakta di Amerika Serikat, Adopsi Model Community Notes Seperti X」(2025-01-07)— https://www.voaindonesia.com/a/meta-hentikan-program-cek-fakta-di-amerika-serikat-adopsi-model-community-notes-seperti-x/7927189.html [CC0]
  16. ANTARA Aceh「Banda Aceh Terapkan E-Musrenbang」(2015-03-26)— https://aceh.antaranews.com/berita/23849/banda-aceh-terapkan-e-musrenbang
  17. Republika「E-Musrenbang Perkuat Smart City Bandung」(2017-02-03)— https://news.republika.co.id/berita/okrav9400/emusrenbang-perkuat-smart-city-bandung
  18. Wikipedia(インドネシア語)「KawalPemilu.org」(CC BY-SA 4.0)— https://id.wikipedia.org/wiki/KawalPemilu.org [CC BY-SA 4.0]
  19. Gusti Ayu Putu Indira Maha Rani「Dari Protes ke Platform: Cerita Taiwan Menjawab Krisis Demokrasi」(kumparan の利用者投稿、2025-07-01)— https://kumparan.com/gusti-ayu-putu-indira-maha-rani/dari-protes-ke-platform-cerita-taiwan-menjawab-krisis-demokrasi-25NDRgzBfNU
  20. AFU.id「Demokrasi Digital Terjebak Politik Emosi, Transparansi Algoritma Jadi Sorotan」(2026-06-18)— https://afu.id/nasional/demokrasi-digital-terjebak-politik-emosi-transparansi-algoritma-jadi-sorotan
  21. Darilaut「Pemeriksa Fakta Komunitas Tak Mampu Membendung Informasi Menyesatkan di Media Sosial」(2025-06-03)— https://darilaut.id/berita/pemeriksa-fakta-komunitas-tak-mampu-membendung-informasi-menyesatkan-di-media-sosial
  22. 『Plurality』2-2「The Life of a Digital Democracy」— https://www.plurality.net/v/chapters/2-2/eng/ [CC0]
  23. 『Plurality』5-4「Augmented Deliberation」— https://www.plurality.net/v/chapters/5-4/eng/ [CC0]

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