Plurality の地図

ドイツ語圏での Plurality の広がりってなに?

ドイツ・オーストリア・スイスでは、有志 5 人が書籍『Plurality』をドイツ語に訳し、2026 年に独訳『Pluralität』が出ました。タンはベルリンやチューリッヒで繰り返し語り、ドイツの連邦機関は台湾を手本にクアドラティック投票を使いました。

ドイツ語は、ドイツ・オーストリア・スイスの 3 か国(まとめて DACH と呼ばれます)で話されています。スイスは国民投票で知られ、ドイツやオーストリアでも、抽選などで選んだ市民が話し合う「市民会議」が開かれてきました[1][2][3]。そこに、台湾の経験から書かれた書籍『Plurality』がどう届いたのかを、この記事でたどります。

ひとことで言うと

オードリー・タン(Audrey Tang)とグレン・ワイル(E. Glen Weyl)の書籍『Plurality』は、ドイツ語圏では有志の 5 人が GitHub(文書を共同で作るためのサイト)で訳し、2026 年に独訳『Pluralität – Die Zukunft kollaborativer Technologie und der Demokratie』として出版されました。奥付の発行者は、ワイルが創設した団体 RadicalxChange です[4]。

同じころ、ドイツ連邦の機関 SPRIND が、台湾とタンのモデルを手本にした市民参加の企画を発表しました。実際の投票には、クアドラティック投票(quadratische Wahl)が使われています[5][6]。

たとえば

独訳『Pluralität』(2026 年)。 訳と編集は Andreas Fauler、Ferdinand Ferroli、Martin Rausch、Jennifer Victoria Scurrell、Reinhard Zeitler の 5 人です。ISBN は紙の本が 978-3-00-086092-8、電子版が 978-3-00-086093-5 です[4]。Amazon.de の販売ページでは、発売日は 2026 年 2 月 6 日、531 ページとなっています[7]。

ベルリンとチューリッヒでの登壇(2024〜2025 年)。 2024 年 5 月 29 日、ベルリンのデジタル社会の催し re:publica で、タンとワイルが Frederike Kaltheuner の聞き手で本の枠組みを話しました[8]。同じ年の 8 月 3 日には、チューリッヒで Opendata.ch がタンを招きました。案内には、スイスがこの本から何を学べるかを話す、とあります[9]。スイスのオンライン誌 Republik も、新著『Plurality』について聞く会として告知しています[10]。2025 年 12 月 4 日には、チューリッヒ大学でRight Livelihood 賞(「Alternativer Nobelpreis」、もう一つのノーベル賞とも呼ばれる)の受賞講演があり[4]、Republik がそのドイツ語訳を載せました[11]。

SPRIND の市民ハッカソン(2026 年)。 SPRIND は 2026 年 1 月 16 日、ミュンヘンの会議 DLD で企画を発表しました。発表文は、台湾とタンのモデルを手本にし、Pol.is と Quadratic Voting をドイツの条件に合わせて使う、としていました[5]。実際には 27,707 件の投稿から 13 の論点を作り、市民がクアドラティック投票(持ち点は最大 100 点)で優先順位をつけました。その後 21 チームが試作に入っています[6]。くわしくは ドイツの市民ハッカソン の記事にまとめました。

くわしく

訳した人たち

ドイツ語訳のリポジトリ(文書の置き場)は原書のリポジトリから枝分かれしたもので、ライセンスは CC0(著作権を放棄し、誰でも自由に使える形)です。最初のドイツ語の書き込みは 2024 年 3 月 4 日の「Create 01 Vorwort.md」(序文の作成)と、翌 5 日の「First German Batch」でした[12]。どちらも XQTStrategy というアカウントによるもので、Fauler の個人サイトは同じ名前の X のアカウントにリンクしています[12][13]。

Fauler は自分を、⿻ Plurality の運動のドイツ語圏の拠点づくりの共同発起人と書いています[13]。2025 年の国際会議の登壇者紹介では、RadicalxChange のドイツでの共同代表です[14]。

訳者の一人 Zeitler の書き込みは 2025 年 9 月に始まり、販売ページの発売日のあとの 2026 年 8 月まで続いています[12][7]。

Rausch は共訳のあと、もっと短く入りやすい本が要ると考え、台湾の民主主義の物語『Durch jeden Riss fällt Licht』(どの割れ目からも光が差す)を書きました。書き方が見えたのは、2025 年にチューリッヒであったタンの受賞後の講演だった、と本人のサイトにあります[15]。

本の作り

独訳の奥付には、この本はオープンソースで、名前を出しても出さなくても自由に写してよい、とあります。ただ、同じ奥付には「© Radicalxchange 2026」の行も並んでいます[4]。

独訳には、ドイツ語圏の人の推薦文を集めた節があります。推薦者には、独台対話プラットフォームの共同議長 Reinhard Bütikofer、作家の Navid Kermani、欧州議会の緑の党・欧州自由同盟会派の副代表 Alexandra Geese、連邦議会の CDU/CSU 会派の副代表 Günter Krings、元連邦議会議員の Anke Domscheid-Berg などがいます。所属する党派の違う政治家が並んでいます[4]。たとえば Bütikofer は、この本は台湾の実践にもとづく戦略と解決策を描いていて、それはドイツ語圏でも開拓されるべきだ、と書いています[4]。

訳者は訳注も足しています。たとえば 2-1 章では、台湾の政治が国民党を中心とする「青」と、民進党を中心とする「緑」の二つの陣営に分かれていることを説明しています[4]。

前史:タンとドイツ語圏

タンは 11 歳のとき、父の博士課程のために家族でドイツ南西部のプファルツに 1 年住みました[16]。

2019 年 10 月 28 日、タンはドイツの奨学財団 Studienstiftung の訪問団に、台湾では plurality に焦点を当てた民主主義を試作している、と語りました。最後には、"whenever we hear that 'the singularity may be near,' let us always remember that a Plurality is here."(「シンギュラリティが近いかもしれない」と聞くたびに、Plurality はここにあると思い出そう)とも言っています[17]。

2024 年 10 月、経済紙 Handelsblatt のインタビューで、タンはその年の初めに re:publica で公共のデジタル基盤づくりへの大きな関心を感じ、ドイツで受け入れが広がっていると話しました。供給者が多いことから来る強さを「Pluralität」とも呼んでいます[18]。

ワイルの前著『Radical Markets』(エリック・ポズナーとの共著)は、2019 年に『Wir sind der Markt』として wbg Theiss から独訳が出ています[19]。

ドイツ語圏の参加の仕組みとのつながり

2018 年、左派の政治家ザーラ・ヴァーゲンクネヒトらの運動「Aufstehen」は、発足のときに意見集約の道具 Pol.is を使いました。参加者は 60 を超える意見文を評価できました[20]。

ほかにも、ドイツの連邦議会は 2023 年 5 月 10 日、抽選で選んだ 160 人の市民会議「Ernährung im Wandel」(変わる食生活)の設置を決めました[2]。オーストリアには、2022 年に社会の縮図になるよう選んだ 100 人で開いた気候市民会議(Klimarat)があります[3]。スイスについては、swissinfo が、スイスを古いアナログの直接民主主義の「Weltmeisterin」(世界王者)、台湾をデジタルの参加型民主主義の先頭として並べました[1]。

ただし、ここに挙げた市民会議の資料は、タンにも本にも触れていません。いちばん直接のつながりは SPRIND です。DLD の対談でタンは "we are co-creating the Presidential Hackathon model here in Germany"(ドイツで総統杯ハッカソンのモデルを一緒に作っている)と話しました[21]。SPRIND の Digital Democracy Lab も、仮想の集会やクアドラティック投票(Quadratisches Abstimmen)などを挙げ、手本は台湾だと書いています[22]。

市民会議と何が違うか

連邦議会の市民会議「Ernährung im Wandel」は、抽選で選んだ 160 人が、中立の司会と専門家の助けを受けて話し合う形です[2]。これに対して SPRIND の投票はオンラインのクアドラティック投票で、その順位がチームを選ぶときの重みに入ります[6]。

タン自身は、2025 年のドイツの地方紙のインタビューで、ドイツのような国に台湾のやり方を移せるかと聞かれ、たいていの国にとっては、まず地方のレベルで始めるほうが易しいと答えています[23]。2026 年のスイスの新聞 NZZ では、紙と鉛筆で投票するスイスにまず要るものとして、身元を明かさずに、市民であることや成人であることなどを示せる分散型のデジタル財布(ウォレット)を挙げました[24]。

どこが議論になっているか

Plurality の中での位置

独訳は原書の章をそのまま訳しています。3-0 章の見出しは「Was ist ⿻?」(⿻ とは何か)で、本文は「⿻ 數位 Pluralität」を、社会的な違いを越えて協力するための技術として定義しています[30]。→ ⿻ Plurality

ドイツ語圏で実際に動いた仕組みは、Pol.is(Aufstehen と、SPRIND の発表)と クアドラティック投票(SPRIND の投票)です[20][5][6]。クアドラティック・ファンディング についても、RadicalxChange のブログに Fauler らのドイツ語の解説(2020 年)があります[31]。

Fauler らが 2026 年に出した「⿻ Plural Stack」の文章は、欧州に要るのは自前の巨大 IT 企業ではなく、誰にも独り占めされない開かれたプロトコル(通信や連携の取り決め)だ、と論じています[32]。→ デジタル公共インフラ

ほかの地域は 日本・低地諸国・デンマーク・ノルウェー の記事にあります。本の各版の書誌は 本の版と翻訳 にあります。

もっと知りたい人へ

  1. 独訳『Pluralität』の PDF(ドイツ語・本、CC0)— https://github.com/akinorioyama/plurality_tentative/releases/download/latest/pluralitat-german.pdf
  2. 独訳のリポジトリ(ドイツ語・訳文、CC0)— https://github.com/GermanPluralityBook/pluralitaet
  3. タンのチューリッヒ講演のドイツ語訳「Wir, das Volk, sind die Superintelligenz」(ドイツ語・講演、Republik)— https://www.republik.ch/2025/12/10/rede-audrey-tang-wir-das-volk-sind-die-superintelligenz
  4. From Taiwan to Germany(英語・対談の記録、DLD 2026、CC0)— https://github.com/audreyt/transcript/blob/main/2026-01-17-From-Taiwan-to-Germany-How-Radical-Participation-Leapfrogs-Public-Trust.md
  5. SPRIND の企画の発表(ドイツ語・告知)— https://www.sprind.org/worte/magazin/deutschland-was-geht
  6. Republik の台湾の現地取材(ドイツ語・記事、批判的)— https://www.republik.ch/2022/12/09/kann-taiwan-den-cyberkrieg-oder-nur-die-utopie

出典

  1. swissinfo「Schauplatz Taiwan: Was die Schweiz und die Insel voneinander lernen können」(2019)— https://www.swissinfo.ch/ger/demokratie/digitale-demokratie_schauplatz-taiwan-was-die-schweiz-und-die-insel-voneinander-lernen-koennen/45393382
  2. ドイツ連邦議会「Bundestag setzt Bürgerrat „Ernährung im Wandel" ein」(2023)— https://www.bundestag.de/dokumente/textarchiv/2023/kw19-de-buergerrat-945440
  3. Wikipedia(ドイツ語)「Klimarat der Bürgerinnen und Bürger」(CC BY-SA)— https://de.wikipedia.org/wiki/Klimarat_der_B%C3%BCrgerinnen_und_B%C3%BCrger [CC BY-SA 4.0]
  4. 独訳『Pluralität』PDF の前付・奥付・訳注(CC0)— https://github.com/akinorioyama/plurality_tentative/releases/download/latest/pluralitat-german.pdf [CC0]
  5. SPRIND「Deutschland, was nervt? Deutschland, was geht?」(2026-01-16)— https://www.sprind.org/worte/magazin/deutschland-was-geht
  6. Deutschland, was geht?「Über den Bürger-Hackathon」— https://deutschland-was-geht.org/about
  7. Amazon.de の販売ページ — https://www.amazon.de/dp/3000860932
  8. re:publica 24 のセッション紹介(2024-05-29)— https://re-publica.com/de/session/plurality-future-collaborative-technology-and-democracy
  9. Opendata.ch の催しの告知(2024-08-03)— https://opendata.ch/events/plurality-with-audrey-tang/
  10. Republik の催しの告知「Im Gespräch mit Audrey Tang」— https://www.republik.ch/veranstaltungen/im-gesprach-mit-audrey-tang
  11. Republik「Wir, das Volk, sind die Superintelligenz」(2025-12-10)— https://www.republik.ch/2025/12/10/rede-audrey-tang-wir-das-volk-sind-die-superintelligenz / 「Ein Abend mit Audrey Tang」(告知)— https://www.republik.ch/2025/11/05/ein-abend-mit-audrey-tang
  12. GermanPluralityBook/pluralitaet のリポジトリと書き込みの履歴(CC0)— https://github.com/GermanPluralityBook/pluralitaet [CC0]
  13. Andreas Fauler の個人サイト — https://www.fauler.me/
  14. MyData 2025 の登壇者紹介 — https://conference.mydata.org/2025/speaker/1803308/andreas-fauler
  15. Martin Rausch「Bücher」— https://www.martinrausch.com/buecher
  16. Deine Korrespondentin「Eine Hackerin als Digitalministerin」(2021-10-06)— https://www.deine-korrespondentin.de/eine-hackerin-als-digitalministerin/
  17. German Academic Scholarship Foundation visits(2019-10-28、CC0)— https://github.com/audreyt/transcript/blob/main/2019-10-28-German-Academic-Scholarship-Foundation-visits.md [CC0]
  18. Handelsblatt のタンへのインタビュー(2024-10-10)— https://www.handelsblatt.com/politik/international/audrey-tang-es-gibt-die-chance-wieder-vorne-dabei-zu-sein/100071934.html
  19. ドイツ国立図書館 SRU の検索結果(CC0)— https://services.dnb.de/sru/dnb
  20. heise「"Aufstehen": Wagenknechts Sammlungsbewegung setzt auf Umfragetool Pol.is」(2018)— https://www.heise.de/news/Aufstehen-Wagenknechts-Sammlungsbewegung-setzt-auf-Umfragetool-Pol-is-4154397.html
  21. From Taiwan to Germany: How Radical Participation Leapfrogs Public Trust(DLD 2026、CC0)— https://github.com/audreyt/transcript/blob/main/2026-01-17-From-Taiwan-to-Germany-How-Radical-Participation-Leapfrogs-Public-Trust.md [CC0]
  22. SPRIND「Digital Democracy Lab」— https://www.sprind.org/digitales-beteiligungslabor
  23. Schwäbische Post のタンへのインタビュー(2025-02-27)— https://www.schwaebische-post.de/welt/politik/kuenstliche-intelligenz-im-kampf-gegen-demokratieverdrossenheit-setzt-taiwan-auf-internet-und-zr-93592424.html
  24. NZZ のタンへのインタビュー(2026-04-11)— https://www.nzz.ch/technologie/polarisierung-setzt-energie-frei-aber-man-darf-sie-nicht-in-extreme-lenken-sagt-taiwans-cyber-sonderbotschafterin-audrey-tang-ld.1926179
  25. Quentin Lichtblau「Kann Taiwan den Cyberkrieg – oder nur die Utopie?」(Republik、2022-12-09)— https://www.republik.ch/2022/12/09/kann-taiwan-den-cyberkrieg-oder-nur-die-utopie
  26. relevant.「Taiwan: Wenn Hacker an die Macht kommen」(2024-11-21)— https://www.relevant.news/taiwan-wenn-hacker-an-die-macht-kommen/
  27. オードリー・タン「Was wäre, wenn Partizipation nicht nur Mitreden, sondern Mitgestalten bedeutet?」(reform-staat.org)— https://reform-staat.org/was-ware-wenn-partizipation-nicht-nur-mitreden-sondern-mitgestalten-bedeutet/
  28. heise「SPRIND Citizen Hackathon: Germany, what annoys?」(2026)— https://www.heise.de/en/news/SPRIND-Citizen-Hackathon-Germany-what-annoys-11150621.html
  29. Sven Lehmann「Wir sind der Markt」書評(streuverluste.de、2020)— https://www.streuverluste.de/buch-wir-sind-der-markt/
  30. 独訳 3-0「Was ist ⿻?」(CC0)— https://github.com/GermanPluralityBook/pluralitaet [CC0]
  31. RadicalxChange ブログ「Quadratic Funding」(ドイツ語、2020-11-11)— https://www.radicalxchange.org/updates/blog/quadratic-funding/ [CC0]
  32. RadicalxChange ブログ「Europe Doesn't Need Its Own Big Tech. It Needs Protocols Nobody Can Capture.」(2026-06-17)— https://www.radicalxchange.org/updates/blog/the-plural-stack/ [CC0]

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