クアドラティック・ファンディングってなに?
公園や図書館、誰でも無料で使えるソフトウェアのように、みんなの役に立つのに、誰もお金を出したがらないものがあります。自分が払わなくても、ほかの誰かが払えば使えるからです。クアドラティック・ファンディング(Quadratic Funding、略して QF)は、こうした「みんなのためのもの」にお金が集まるようにするための、寄付の上乗せのルールです。
ひとことで言うと
QF は、みんなの寄付に基金が上乗せするとき、寄付の金額より、寄付した人の数を重く見る上乗せのルールです[1][2]。
同じ金額が集まっても、1 人の大口の寄付より、多くの人の少額の寄付に支えられた事業の方が、ずっと多くの上乗せを受けます。「クアドラティック」は「2 乗の」という意味で、計算に 2 乗を使うことから来ています。
たとえば
Gitcoin Grants(2019 年〜)。 暗号資産のイーサリアム(Ethereum)の周りで、誰でも使えるオープンソースのソフトなどを支える寄付の場です。イーサリアムの創始者ヴィタリック・ブテリン(Vitalik Buterin)の振り返りによれば、2019 年の第 3 回では 477 人が 80 件の事業に合わせて 163,279 ドルを寄付し、10 万ドルの基金が QF で上乗せされました[3]。2021 年の第 9 回では、1 万 2,000 人を超える人が 812 件に 138 万ドルを寄付し、基金は 50 万ドルでした[4]。
書籍『⿻ Plurality』は、Gitcoin などの仕組みが合わせて 1 億ドルを超えるお金を流したと書いています。本自体の Gitcoin のページも、2024 年 2 月 2 日の時点で 87 人から 332.84 ドルを集めていました[5]。
台湾。 本によれば、台湾の総統杯ハッカソンの流れはアイデアを出し合う催しへ広がり、農業や食品の安全検査などの事業に、QF の考え方で実際のお金を配るようになりました[6]。本の中国語版は、これを「公益創新.徵案100」という事業だと具体的に書いています[7]。
日本。 中国語版ウィキペディアは、2024 年に日本のデジタル庁が支援する DigDAO が、日本で QF の実験を始めたと記しています[8]。
しくみ
小さな計算例
説明のための例で考えてみましょう。
- 事業 A には、1 人が 100 ドル寄付しました。
- 事業 B には、100 人が 1 ドルずつ寄付しました。
集まった額はどちらも 100 ドルです。寄付額に比例して上乗せする普通のやり方なら、上乗せも同じになります。
QF では、一人ひとりの寄付額の平方根を足して、それを 2 乗した額が、事業の受け取る額になります[1]。
- 事業 A: √100 = 10。これを 2 乗すると 10 × 10 = 100 ドル。寄付そのままで、上乗せは 0 ドルです。
- 事業 B: √1 = 1 が 100 人分で、1 × 100 = 100。これを 2 乗すると 100 × 100 = 10,000 ドル。寄付の 100 ドルとの差の 9,900 ドルが基金からの上乗せです。
ブテリンの入門記事の例では、10 人が 1 ドルずつ寄付すると、(1 + 1 + … + 1)² = 10² = 100 ドルになり、差の 90 ドルを基金が出します。基金が足りないときは、すべての事業の上乗せを同じ割合で縮めます[1]。
式で書くと、事業が受け取る額は「(√寄付₁ + √寄付₂ + …)²」です。寄付した人が 2 人以上いれば、必ず寄付の合計より大きくなります[1][9]。
なぜこれでうまくいくのか
みんなのためのものは、寄付した本人以外の人にも役立ちます。でも人は、ふつう自分にとっての得だけを考えて寄付額を決めます。そのため、社会全体から見ると寄付は少なすぎることになります[1]。
QF の上乗せは、「ある人の寄付がほかの人にもたらす得」の分を補うものだ、とブテリンは説明します。寄付した人の 2 人組ごとにこの分を計算して足し合わせると、ちょうど QF の式になるそうです[1]。
また QF は、「寄付する人が賛成票を投じ、基金が反対票を投じる」クアドラティック投票 の特別な場合と見ることもできる、とブテリンは書いています[1]。
どこから来たのか
もとになった論文は、ブテリン、ゾーイ・ヒッツィグ(Zoë Hitzig)、グレン・ワイル(E. Glen Weyl)の 3 人が 2018 年に発表した「A Flexible Design for Funding Public Goods(公共財のための柔軟な資金の仕組み)」です。論文の要旨は、QV の考えを資金の仕組みに広げたもので、決まった条件のもとで公共のものを最適な量だけ生み出せ、選挙資金やオープンソース、報道、街の公共事業に使える、としています[9]。
本の位置づけと、つながりを見る QF
本は 5-7 章で、QF は「人がばらばらに行動する」という仮定から導かれたもので、近年は人の集団や所属を考えに入れる設計へ広がった、と書きます[10]。
ワイルらの 2023 年の文章は、QF が最適だという証明は、人が孤立して自分の得だけで動くという仮定に頼っていて、少しでも示し合わせる普通の人間が相手だと最適ではない、と論じました。そして、似た者どうしの集団より、多様な集団に支えられた事業に多く配るべきで、それは Plurality の目標そのものだ、と書きます[11]。2025 年の報告によれば、この考えを取り入れた「つながりを見る QF(CO-QF)」は Gitcoin の助成の 89% で使われ、400 万ドルを超えるお金を配りました[12]。
どこが議論になっているか
- なりすましと示し合わせ。 原論文自身が、QF の最大の弱点は示し合わせと不正だと書いています。1 人が何十人ものふりをして少額ずつ寄付すると、上乗せを多く受け取れてしまうからです。対策の第一は、しっかりした本人確認だとしています[13]。実際に Gitcoin の第 9 回では、少数の人が多くのアカウントを操っていたとみられる集団が見つかり、不正分の約 3 万 3,000 ドルを Gitcoin が負担しました[4]。→ 人間であることの証明
- 見返りつきの寄付。 QF は「その事業が実現してほしいから寄付する」ことを前提にしています。寄付した人が見返りを受け取るなら、上乗せしすぎてしまいます。Gitcoin は見返りを禁じましたが、そのぶん中央で判断する役を負うことになった、とブテリンは書いています[14]。第 9 回では、後で何かを配るとほのめかす「それとなくの票の買収」も問題になりました[4]。
- ただし、示し合わせは長続きしにくい。 原論文は、大勢で寄付して山分けする談合では、1 人だけ抜けて寄付しない方が得になるので、談合は少しずつ崩れる、と試算しています[13]。
- どこまでを対象にするか。 第 4 回では、イーサリアムのための基金が、別の暗号資産を推すアカウントに流れる結果が出ました。ブテリンは、共有の資源を扱う昔からの知恵を引いて、QF の対象の範囲に境界を定めることを提案しました[14]。
- 人気取りに寄るのは欠点か。 ブテリンは第 3 回で、QF が広く人気のある事業を選びやすいことを、技術の専門家の評価へのよい修正だと評価しました。一方で、Gitcoin 自身の運営費がほとんど集まらなかったことには失望しています[3]。
Plurality の中での位置
QF は、本の 5-7 章「社会市場」の最初の事例で、中心となる仕組みです。本は、市場は人々が力を合わせて生み出すものや、みんなのためのものを少なくしか生まない、と考えます。その限界への答えの一つとして QF を置いています[10]。
本そのものも、作業の優先順位と報酬を、この章のクラウドファンディング的なやり方で決めたと書いています[15]。ブテリンは書評で、QF のお金を使わない版である「Plural Credits」が、本への貢献の記録に使われたと紹介しています[16]。これは Plural Management Protocol にもつながります。
「多様な人に支えられたものを優遇する」という発想は、投票の設計である ⿻投票 とも共通しています。
もっと知りたい人へ
- 書籍『Plurality』5-7「社会市場」(日本語・本)— https://www.plurality.net/v/chapters/5-7/jpn/
- 鈴木健「Plurality 日本語版解説」(日本語・解説)— https://note.com/digitaldemocracy/n/nb8b59a6b775d
- Vitalik Buterin「Quadratic Payments: A Primer」(英語・記事、図つき)— https://vitalik.eth.limo/general/2019/12/07/quadratic.html
- Buterin・Hitzig・Weyl「A Flexible Design for Funding Public Goods」(英語・論文)— https://arxiv.org/abs/1809.06421
- Gitcoin 第 3 回の振り返り(英語・記事)— https://vitalik.eth.limo/general/2019/10/24/gitcoin.html
- Miller・Weyl・Erichsen「Designing Pluralistic Mechanisms for Quadratic Funding」(英語・記事)— https://www.radicalxchange.org/updates/blog/designing-pluralistic-mechanisms-for-quadratic-funding/
出典
- Vitalik Buterin「Quadratic Payments: A Primer」(2019)— https://vitalik.eth.limo/general/2019/12/07/quadratic.html
- サイボウズ式 タン・ワイル・関の鼎談(編集部の注)— https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006211.html
- Vitalik Buterin「Review of Gitcoin Quadratic Funding Round 3」(2019)— https://vitalik.eth.limo/general/2019/10/24/gitcoin.html
- Vitalik Buterin「Gitcoin Grants Round 9: The Next Phase of Growth」(2021)— https://vitalik.eth.limo/general/2021/04/02/round9.html
- 『Plurality』5-7「Social Markets」冒頭 — https://www.plurality.net/v/chapters/5-7/eng/ [CC0]
- 『Plurality』2-2「The Life of a Digital Democracy」— https://www.plurality.net/v/chapters/2-2/eng/ [CC0]
- 『Plurality』中国語版 2-2「數位民主的日常」— https://www.plurality.net/v/chapters/2-2/zh-tw/ [CC0]
- 平方投票法(繁体中文版ウィキペディア)「平方募資法」— https://zh.wikipedia.org/zh-tw/%E5%B9%B3%E6%96%B9%E6%8A%95%E7%A5%A8%E6%B3%95 [CC BY-SA 4.0]
- Buterin・Hitzig・Weyl「A Flexible Design for Funding Public Goods」要旨(2018)— https://arxiv.org/abs/1809.06421
- 『Plurality』5-7「Quadratic and ⿻ funding」— https://www.plurality.net/v/chapters/5-7/eng/ [CC0]
- Miller・Weyl・Erichsen「Designing Pluralistic Mechanisms for Quadratic Funding」(2023)— https://www.radicalxchange.org/updates/blog/designing-pluralistic-mechanisms-for-quadratic-funding/
- Miller・Weyl・Kanich「Fair Decisions through Plurality: Results from a Crowdfunding Platform」(2025)— https://arxiv.org/abs/2509.18343
- Buterin・Hitzig・Weyl「A Flexible Design for Funding Public Goods」5.2 Collusion and fraud — https://arxiv.org/abs/1809.06421
- Vitalik Buterin「Review of Gitcoin Quadratic Funding Round 4」(2020)— https://vitalik.eth.limo/general/2020/01/28/round4.html
- 『Plurality』5-0「Collaborative Technology and Democracy」冒頭 — https://www.plurality.net/v/chapters/5-0/eng/ [CC0]
- Vitalik Buterin「Plurality philosophy in an incredibly oversized nutshell」(2024-08-21)— https://vitalik.eth.limo/general/2024/08/21/plurality.html
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