Plurality の地図

オランダ・フランデレンでの Plurality の広がりってなに?

オランダでは書籍『Plurality』より先に、2019 年に訪れたタンと、台湾で使われた意見集約の道具 Polis が伝わりました。自治体の試行が政府の Polis NL に育つ一方、本の蘭訳は個人による一部の訳にとどまっています。

オランダとベルギー北部のフランデレン(オランダ語を話す地域)は、あわせて「低地諸国」と呼ばれることがあります。この地域には、選ばれた市民が集まって話し合う「市民会議」の実践が多くあります[1][2][3]。ここでは書籍『Plurality』そのものより、本の著者オードリー・タン(Audrey Tang)と、台湾で使われた道具のほうが先に伝わりました。この記事では、その順序をたどります。

ひとことで言うと

オランダでは、2019 年にタンがアムステルダムを訪れたあと、自治体がオンラインの意見集約の道具 Polis を試し、それが政府機関どうしの共同事業「Polis NL」に育ちました[4][5]。

一方、本の蘭訳は、2026 年夏に個人が序文などを訳しはじめた段階で、印刷された本は確認できていません[6]。フランデレンについては、本やタンを扱った資料は、このサイトの材料を集めた段階では見つかっていません。

たとえば

タンのアムステルダム訪問(2019 年 11 月 20 日)。 財団 Netwerk Democratie が、タンとの公開の対話を開きました[7]。そのあと出た報告「台湾のデジタル民主主義からの 4 つの教訓」は、なぜデジタル民主主義か、市民を信頼すること、pol.is による合意づくり、役所の中で自発的な協力を広げること、の 4 点をまとめています[8]。

自治体の試行(2020〜2021 年)。 2020 年 12 月、アムステルダムの文化施設 Pakhuis de Zwijger の催しは、アムステルダムとフローニンゲンがオランダの都市として初めて Pol.is を使うと告知しました。Netwerk Democratie の Anne de Zeeuw は、タンの訪問のあとに両市などと Polis の導入を始めた人として紹介され、番組にはタンのビデオメッセージも組まれていました[4]。2021 年には、アムステルダム西区が、住民が予算の使い道を決める仕組みのテーマ決めに Polis を使いはじめました[9]。

政府の道具へ(2023〜2025 年)。 2023 年からは、二つの省と政府の IT 組織 ICTU、ティルブルフ大学、三つの州が、オランダ版の Pol.is を開発しています[10]。2025 年には、市民団体の連合 PublicSpaces が PolisNL を使って、選挙の討論会で扱う論点を市民から集めました。この事業には内務省の資金が出ています[11]。

くわしく

担い手は実務家の網の目

オランダで台湾のやり方を広めたのは、本の読者というより、デジタル参加の実務家たちでした。最初の試行は、アムステルダム市が取りまとめ役となり、Netwerk Democratie、フローニンゲン市、内務省系の自治体支援の事業 Democratie in Actie と組んだものです[12]。2019 年 12 月には、その事業の依頼で作られた自治体向けの手引きが「Vergezicht: Audrey Tang」(遠くの眺め:オードリー・タン)という節を設けています[13]。

2021 年には、新型コロナの検査証明をめぐるオンラインの対話にも Polis が使われ、2 週間で 377 人が参加しました。Netwerk Democratie と Code for NL は、その結果を法案のネット上の意見募集に出しています[14]。

その後の Polis NL は、南ホラント州とフローニンゲン州の発案で、内務省の革新予算の助成を受けています[5]。2025 年の報道によると、政府のサイト Praatmeemetdeoverheid.nl(政府と話そう)も Polis を使っています。ドレンテ州の「Wij zijn Drenthe」も Polis を使い、自転車道の優先順位づけで住民が 37 の意見文を足し、2 万票近くを入れました[15]。

タンの言葉の中のオランダ

タンは 2025 年のコラムで、オランダの児童手当をめぐるスキャンダル(toeslagenaffaire)を "a tragedy of AI governance"(AI による統治の悲劇)の例に挙げました。税務当局がアルゴリズムで手当の不正を探し、外国風の名前や二重国籍を不正の目印として扱った件です。そのうえで、AI の物差しは効率だけではなく "trust-under-loss"、つまり不利な結果を受けた人でも手続きを公正だと受け入れられるかであるべきだ、と論じています[16]。

本の蘭訳

GitHub で Martijn Ceelen というアカウントの持ち主が、2026 年 7 月に二つのリポジトリを作りました。訳したのは序文、「Vind Jouw Dao」(あなたの道を見つける)、訳語集の三つのファイルです。書き込みのメッセージには、Claude AI を使って英語とドイツ語から訳したとあります[6]。原書のリポジトリに送った変更の提案は、Akinori Oyama から、訳文は自分の翻訳リポジトリに置くという手順の案内を受け、本人が取り下げました[6]。訳者の経歴や動機を書いた文書、印刷版や刊行の催しは見つかっていません[6]。→ 本の版と翻訳

市民会議との接点とずれ

オランダには、2025 年に 175 人が 7 回集まった国の気候市民会議があり、答申に対して政府は、少なくとも半分の勧告を実行したいと回答しました[1]。ベルギーでは、市民団体 G1000 が、くじで選んだ市民が加わる常設の市民評議会を上院に置くよう求めています[2]。ベルギーのドイツ語共同体には、くじで選ぶ市民の集まりと常設の評議会を組み合わせた市民対話(オストベルギエンの仕組み)があります[3]。

本は 5-0 章で、熟議(じっくり話し合うこと)と投票の比較を、トレードオフの例として挙げています。質の高い熟議は少人数でしかできないと伝統的に考えられてきたので、選挙やくじ引き(sortition)で少人数を選ぶ必要がある。投票はずっと大勢を安く巻き込めるが、別の代償がある、という対比です[17]。5-4 章は、くじ引きに代えて最も多様な委員会を選ぶ手順も考えられる(could)、と書いています[18]。

オランダの側にも、この二つをつなぐ考えがあります。Polis NL は、Polis を対面の市民会議と組み合わせれば、もっと広い住民を話し合いに入れられる、と説明しています[5]。ただし、Polis NL・G1000・オストベルギエンの資料は、本にもタンやワイルにも触れていません[5][2][3]。

どこが議論になっているか

よくある誤解

Plurality の中での位置

本の英語版でオランダが出てくるのは、台湾の歴史に出てくる植民者としてと(2-1 章)[22]、1990 年代末にスキポール空港で書類の無いリスが処分された件を、官僚制の硬直の例として挙げる箇所(5-5 章)ぐらいです[23]。オランダは、本の事例にはなっていません。

一方で、本が扱う道具のうち Polis(5-4 章「拡張熟議」)は、オランダが実際に使い、作り直している現場です[10][5]。→ 拡張熟議

ほかの地域との比べは、日本での広がり・ドイツ語圏での広がり・デンマークでの広がり の記事にあります。

もっと知りたい人へ

  1. 「Meningen zonder scheldkanonnades」(オランダ語・記事、De Correspondent、2025)— https://decorrespondent.nl/16391/meningen-zonder-scheldkanonnades-in-tijden-van-polarisatie-zoekt-de-overheid-online-naar-consensus/6b206258-5917-0550-0833-27dce63da90c
  2. 「Vier lessen uit de Taiwanese Digitale Democratie」(オランダ語・報告、2019)— https://netdem.nl/nl/articles/vier-lessen-uit-de-taiwanese-digitale-democratie/
  3. Polis NL(オランダ語・事業の案内)— https://polisnl.org/over-polis-nl
  4. タンのコラム「AI in Public Service」(英語・コラム、CC BY 4.0)— https://github.com/audreyt/transcript/blob/main/2025-09-11-AI-in-Public-Service-Should-We-Pursue-Efficiency—or-Restore-Trust.md
  5. 倫理ワークショップの報告(オランダ語・報告、CC BY-SA 4.0)— https://begeleidingsethiek.nl/wp-content/uploads/2024/03/Verslag-workshop-begeleidingsethiek-POLIS.pdf
  6. 蘭訳のリポジトリ(オランダ語・部分訳、CC0)— https://github.com/iconsultancy/plurality-dutch

出典

  1. Nationaal Burgerberaad Klimaat「Over ons」— https://www.burgerberaadklimaat.nl/over+ons/default.aspx
  2. G1000 — https://www.g1000.org/nl/home
  3. Bürgerdialog in Ostbelgien「Grundsätze und Prinzipien」— https://www.buergerdialog.be/hintergrund/grundsaetze-und-prinzipien/
  4. Pakhuis de Zwijger「New Democracy #47: Op zoek naar consensus」(2020-12-09)— https://dezwijger.nl/programma/op-zoek-naar-consensus
  5. Polis NL「Over Polis NL」とトップページ — https://polisnl.org/over-polis-nl / https://polisnl.org/
  6. iconsultancy/plurality-dutch・iconsultancy/pluraliteit と原書リポジトリの PR #1139 — https://github.com/iconsultancy/plurality-dutch / https://github.com/pluralitybook/plurality/pull/1139
  7. Netwerk Democratie「Interview with Audrey Tang」(2019-11-20)— https://netdem.nl/nl/events/event/interview-with-audrey-tang/
  8. Netwerk Democratie「Vier lessen uit de Taiwanese Digitale Democratie」(2019-12-12)— https://netdem.nl/nl/articles/vier-lessen-uit-de-taiwanese-digitale-democratie/
  9. Binnenlands Bestuur「Stemmen peilen met nieuw online platform」(2021-04-19)— https://www.binnenlandsbestuur.nl/digitaal/ambtelijk-vakmanschap/stemmen-peilen-met-nieuw-online-platform
  10. 南ホラント州「Pilot Pol.is platform」— https://www.zuid-holland.nl/onderwerpen/zuid-holland-digitaal/toekomst-van-publieke-platformen/pilot-pol-platform/
  11. PublicSpaces「Stemmen uit de samenleving」(2025-09-23、CC BY 4.0)— https://publicspaces.net/project/stemmen-uit-de-samenleving/
  12. Netwerk Democratie「Pol.is in Nederland」— https://netdem.nl/projects/pol-is-in-nederland/
  13. Anne de Zeeuw『Digitale Democratie in de praktijk』(2019-12)— https://lokale-democratie.nl/file/download/7d9f0ef0-a365-4cfe-b1b3-0d0e4f59f657/digitale_-democratie_in_de_praktijk.pdf
  14. Netwerk Democratie「Een online gesprek over corona-testbewijzen met de tool Polis」(2021-04-26)— https://netdem.nl/nl/articles/een-online-gesprek-over-corona-testbewijzen-met-de-tool-polis/
  15. Kevin Schoenmakers「Meningen zonder scheldkanonnades」(De Correspondent、2025-09-23)— https://decorrespondent.nl/16391/meningen-zonder-scheldkanonnades-in-tijden-van-polarisatie-zoekt-de-overheid-online-naar-consensus/6b206258-5917-0550-0833-27dce63da90c
  16. オードリー・タン「AI in Public Service: Should We Pursue Efficiency—or Restore Trust?」(2025-09-11、CC BY 4.0)— https://github.com/audreyt/transcript/blob/main/2025-09-11-AI-in-Public-Service-Should-We-Pursue-Efficiency—or-Restore-Trust.md [CC0]
  17. 『Plurality』5-0「Collaborative Technology and Democracy」— https://www.plurality.net/v/chapters/5-0/eng/ [CC0]
  18. 『Plurality』5-4「Augmented Deliberation」— https://www.plurality.net/v/chapters/5-4/eng/ [CC0]
  19. Netwerk Democratie「Polis in Nederland」(手引き、2022)— https://netwerkdemocratie.notion.site/Polis-in-Nederland-5a457baccb3c4a169876699187ee208a
  20. ECP「Verslag workshop begeleidingsethiek Polis」(2024、CC BY-SA 4.0)— https://begeleidingsethiek.nl/wp-content/uploads/2024/03/Verslag-workshop-begeleidingsethiek-POLIS.pdf
  21. Karel Smouter「Het raadgevend referendum is dood. Taiwan experimenteert met het alternatief」(De Correspondent、2018-07-18)— https://decorrespondent.nl/8506/het-raadgevend-referendum-is-dood-taiwan-experimenteert-met-het-alternatief/632225462-fbb2f72d
  22. 『Plurality』2-1「A View from Yushan」— https://www.plurality.net/v/chapters/2-1/eng/ [CC0]
  23. 『Plurality』5-5「Adaptive Administration」— https://www.plurality.net/v/chapters/5-5/eng/ [CC0]

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