Plurality の地図

ベトナムでの Plurality の広がりってなに?

ベトナムでは書籍『Plurality』のベトナム語訳は見つからず、本を論じた記事もほとんど見つかっていません。国内の新聞はワイルを AI の会合に来た学者として紹介し、タンと台湾の実践は主に国外のベトナム語媒体が伝えています。

ベトナムでは 2025 年、憲法を改める案について、国民がスマートフォンのアプリから意見を送れるようになりました。デジタルの道具で市民の声を集めるという点では、台湾のオードリー・タン(Audrey Tang)とグレン・ワイル(E. Glen Weyl)の書籍『Plurality』が描く世界と重なって見えます。では、この本そのものは、ベトナムでどのように届いているのでしょうか。

ひとことで言うと

2026 年 10 月の時点で、『Plurality』のベトナム語訳は見つかっていません。本を正面から論じた記事も、ほとんど見つかりませんでした[1]。

ベトナム国内の新聞にワイルが登場するのは、2025〜26 年に、ボストン・グローバル・フォーラム(Boston Global Forum、BGF)がかかわる AI の会合などに出た学者としてです[2][3]。タン(ベトナム語版の Wikipedia では Đường Phượng、Luật Khoa では Đường Phụng と書かれます)と台湾の実践を主に伝えてきたのは、国外から発信するベトナム語の媒体です[4][5][6]。

この記事では、媒体を「国内」と「国外」に分けて紹介します。それぞれの見方は、それぞれの媒体のものです。

たとえば

科学技術の団体での講話(2026 年 1 月 5 日)。 ベトナム科学技術協会連合(VUSTA)の本部で、ベトナムと米国の専門家が AI の社会について意見を交わす会が開かれました。VUSTA のサイトの記事によれば、ワイルは「nhà sáng lập Viện Plurality」(Plurality Institute の創設者)と紹介され、ハーバード大学の Alisha Caroline Holland とともに話しました。会を共同で主宰したのは、VUSTA 副会長の Phạm Ngọc Linh と、BGF の Nguyễn Anh Tuấn です[2]。

医療 AI の会議(2026 年 1 月 14 日、ホーチミン市)。 国内のニュースサイト VnExpress によれば、ワイルはこの会議で、AI のシステムを「hạ tầng xã hội」(社会のインフラ)の一部として見ることを提案しました。そして、透明であること、説明の責任を果たすこと、コミュニティが参加することが、人の尊厳を守るための鍵だと述べました[3]。

くわしく

本の訳は見つかっていない

本の目録サイト Open Library には、ベトナム語の版がありません。本の元の置き場(GitHub)の複製(fork)にもベトナム語のディレクトリは無く、公式サイト plurality.net の言語の一覧にもベトナム語はありません。ベトナム語のニュースで、ワイルの前著『Radical Markets』(ラディカル・マーケット)を検索しても 0 件でした(このサイトによる 2026 年 10 月の暫定の数え)。ベトナム国家図書館の目録は、検索の結果がうまく取り出せず、確かめられていません。つまり「見つからなかった」のであって、「無い」と確かめたわけではありません[1]。

国内の媒体に出てくるワイル

国内のニュースサイト VietNamNet は 2025 年 12 月、ワイルを「Diễn đàn AI Việt Nam 2026」(ベトナム AI フォーラム 2026)に参加する学者として紹介しました。記事は Plurality を「công nghệ cho hợp tác」(協働のための技術)と説明しています。記事の末尾には「Theo wired.com」(wired.com による)とあります[7]。

BGF の共同創設者 Nguyễn Anh Tuấn は、VietNamNet の元編集長です。VietNamNet は 2025 年 11 月、BGF の本『Xã hội trí tuệ nhân tạo』(AI の社会)を紹介する記事で、BGF の構想 AIWS(AI World Society)づくりに加わった人の一人として、「cựu Bộ trưởng Số Đài Loan Audrey Tang」(台湾の元デジタル担当大臣オードリー・タン)を挙げています[8]。

それより前の 2018 年には、CafeF が、Google や Facebook などの巨大 IT の独占を扱う記事で、ワイルの発言を引いています。ただし、本の名前は出てきません[9]。→ グレン・ワイル

国外の媒体が伝えるタンと台湾

この記事では、VOA Tiếng Việt(米国政府の国際放送 VOA のベトナム語版)、Luật Khoa、The Vietnamese Magazine を、国外から発信するベトナム語の媒体としてまとめて扱います。

Luật Khoa は 2020 年 8 月、台湾が COVID-19 の情報をどう伝えたかを紹介しました。記事は、2003 年の SARS のときの政府の対応に多くの人が納得しなかった、というタンの話を引き、その経験から政府が市民と情報を分け合うことを学んだと書いています。そして、うわさに笑いで応える「humour over rumour」(記事のベトナム語では「khôi hài đánh bại độc hại」)の広報を紹介しました[4]。

Luật Khoa は 2021 年 4 月にも、台湾が IC チップ付きの新しい身分証の計画を見合わせた経緯を書きました。2020 年 12 月末に内政部長とタンがネットのライブ配信で計画を説明したことを伝え、記事の冒頭ではベトナムの IC 付き身分証の話と比べています[10]。→ アイデンティティと人格

VOA Tiếng Việt は 2021 年 11 月、米国が開く民主主義サミットに、台湾は招かれ、ベトナムは招かれなかったことを報じました。台湾の代表がタンらであることも伝えています[5]。2022 年 8 月には Reuters の配信で、政府機関へのサイバー攻撃が、それまでの 1 日の記録の 23 倍になった、というタンの話を伝えました[11]。

国内の新聞にも、タンの考えを取り上げた記事はあります。Tuổi Trẻ は 2025 年 1 月、タンが Wired に書いた「prosocial media」(社会のためのソーシャルメディア)を紹介しました。記事によれば、タンはそれを、利用者の注意を引くだけでなく、互いの理解を深め、すべての声に力を与え、違いに耳を傾ける力を育てるメディアだと説明しています[12]。→ プロソーシャル・メディア

アプリで集める市民の意見

2025 年 5 月、憲法の改正案への意見が、公安省が運用するアプリ VNeID で集められました。VnExpress によれば、意見の受け付けは 5 月 29 日までで、初日の夜までに 230 件あまりの意見が届きました[13]。

トゥエンクアン省の公安が出した文書は、baotuyenquang.com.vn の記事を転載したページによれば、VNeID で意見を出す人の 9 割を超える人が案に賛成することを目標に掲げていました(「trên 90% … đồng thuận」)[14]。

2026 年 9 月には、住民の身近な場での民主の実施を定める法律(基層民主実施法)の改正案が、デジタルでの意見聴取や投票を盛り込みました。新聞 SGGP によれば、国会議長はこれを評価しつつ、デジタルのやり方は権利を広げる道具であって、権利を使うための条件ではない、と念を押しました。高齢の人や遠い地域の人が取り残されないようにすることも求めています[15]。

国外では、米国の非営利団体 Legal Initiatives for Vietnam が発行する The Vietnamese Magazine が 2026 年 2 月、VNeID で市民を点数化する決議案について、憲法に反しないかを問う記事を出しました。本文は会員向けで、題と概要しか確かめられていません[16]。

ここに挙げた 4 本の記事は、どれも Plurality に触れていません[13][14][15][16]。

web3 と Community Notes

Coin98 の Gitcoin(公共の役に立つ事業に資金を配る仕組み)の解説記事は、quadratic funding(応援する人の数が多い事業ほど多くの資金を配る仕組み)を、「tạm dịch」(仮の訳)として「cơ chế tài trợ bậc hai」と訳しています[17]。X(旧 Twitter)で利用者が投稿に補足を付ける Community Notes は、「Ghi chú cộng đồng」の名で紹介されています[18]。→ クアドラティック・ファンディング・Community Notes

どこが議論になっているか

Plurality の中での位置

本の英語版でベトナムの名が出てくるのは 3 か所だけです。ベトナム戦争に触れる 2 か所(2-1 章と 3-3 章)と、2-1 章の脚注で、台湾の戦後の帰属をめぐる歴史の中で朝鮮やベトナムと並べて名前が出るところです。ベトナムの資料に出てくるのは、本の理論ではなく、人物(ワイル・タン)と、台湾の実践(台湾のデジタル民主主義・プロソーシャル・メディア)です。

たとえば Luật Khoa が紹介した「humour over rumour」は、本の 2-2 章「デジタル民主主義の日常」にも出てきます。本は、政府の指導者が市民の団体と近く協力することで、「humor over rumor」の方針を手本として示し、広めることができた、と書いています[19]。

ほかの国・地域の記事: タイ・台湾・インドネシア・台湾以外の中国語圏

もっと知りたい人へ

  1. ワイルの紹介(ベトナム語・記事)— https://vietnamnet.vn/tam-nhin-xuyen-nganh-cua-glen-weyl-nha-khoa-hoc-du-dien-dan-ai-viet-nam-2026-2472951.html
  2. VUSTA での会合の報告(ベトナム語・記事)— https://vusta.vn/vusta-tang-cuong-doi-thoai-quoc-te-ve-tri-tue-nhan-tao-trong-ky-nguyen-so-o-viet-nam-p94423.html
  3. Luật Khoa の台湾の COVID-19 の広報の記事(ベトナム語・記事)— https://luatkhoa.news/2020/08/tuyen-giao-kieu-dai-loan-chong-covid-19-bang-mong-thu-tuong/
  4. VNeID での憲法改正の意見集め(ベトナム語・記事)— https://vnexpress.net/lay-y-kien-nhan-dan-ve-sua-hien-phap-tren-vneid-den-het-29-5-4882482.html
  5. 『Plurality』2-2「The Life of a Digital Democracy」(英語・本、CC0)— https://www.plurality.net/v/chapters/2-2/eng/

出典

  1. 『Plurality』『Radical Markets』のベトナム語訳の確認(Open Library・GitHub・plurality.net、2026-10-02)— https://openlibrary.org/search.json?title=radical+markets [CC0]
  2. VUSTA「VUSTA trao đổi về trí tuệ nhân tạo trong kỷ nguyên số ở Việt Nam」(2026-01-06)— https://vusta.vn/vusta-tang-cuong-doi-thoai-quoc-te-ve-tri-tue-nhan-tao-trong-ky-nguyen-so-o-viet-nam-p94423.html
  3. VnExpress「Chuyên gia bàn về ứng dụng AI trong chăm sóc sức khỏe」(2026-01-15)— https://vnexpress.net/chuyen-gia-ban-ve-ung-dung-ai-trong-cham-soc-suc-khoe-5005872.html
  4. Luật Khoa「Đài Loan: Tuyên truyền chống COVID-19 bằng mông thủ tướng, chó của bộ trưởng, và thầy bói」(2020-08-05)— https://luatkhoa.news/2020/08/tuyen-giao-kieu-dai-loan-chong-covid-19-bang-mong-thu-tuong/
  5. VOA Tiếng Việt「Thượng đỉnh dân chủ: Mỹ mời Đài Loan, không mời Việt Nam; Trung Quốc tức tối」(2021-11-24)— https://www.voatiengviet.com/a/thuong-dinh-dan-chu-my-moi-dai-loan-khong-moi-viet-nam-trung-quoc-tuc-toi/6325982.html
  6. Wikipedia(ベトナム語)「Đường Phượng」(CC BY-SA 4.0)— https://vi.wikipedia.org/wiki/%C4%90%C6%B0%E1%BB%9Dng_Ph%C6%B0%E1%BB%A3ng
  7. VietNamNet「Tầm nhìn xuyên ngành của Glen Weyl - nhà khoa học dự Diễn đàn AI Việt Nam 2026」(2025-12-16)— https://vietnamnet.vn/tam-nhin-xuyen-nganh-cua-glen-weyl-nha-khoa-hoc-du-dien-dan-ai-viet-nam-2026-2472951.html
  8. VietNamNet「Sách 'Xã hội trí tuệ nhân tạo' - Đứa con chung của Việt Nam và Mỹ」(2025-11-13)— https://vietnamnet.vn/sach-xa-hoi-tri-tue-nhan-tao-dua-con-chung-cua-viet-nam-va-my-2462649.html
  9. CafeF「Google, Facebook, Amazon và thời đại độc quyền kiểu mới」(2018-06-08)— https://cafef.vn/google-facebook-amazon-va-thoi-dai-doc-quyen-kieu-moi-20180607223321395.chn
  10. Luật Khoa「Vì sao Đài Loan quyết định dừng dự án thẻ căn cước gắn chip」(2021-04-16)— https://luatkhoa.news/2021/04/vi-sao-dai-loan-quyet-dinh-dung-du-an-the-can-cuoc-gan-chip/
  11. VOA Tiếng Việt(Reuters)「Đài Loan dự báo ‘chiến tranh tâm lý’ sẽ gia tăng sau chuyến thăm của bà Pelosi」(2022-08-03)— https://www.voatiengviet.com/a/6685510.html
  12. Tuổi Trẻ「Năm 2025: Mạng xã hội sẽ ‘vì xã hội’ hơn」(2025-01-12)— https://tuoitre.vn/nam-2025-mang-xa-hoi-se-vi-xa-hoi-hon-20250109071124203.htm
  13. VnExpress「Lấy ý kiến nhân dân về sửa Hiến pháp trên VNeID đến hết 29/5」(2025-05-06)— https://vnexpress.net/lay-y-kien-nhan-dan-ve-sua-hien-phap-tren-vneid-den-het-29-5-4882482.html
  14. 「Tuyên Quang lấy ý kiến Nhân dân về sửa đổi Hiến pháp trên VNeID」(2025-05-15)— https://tuyenquang.dcs.vn/tin/ubnd-tinh/tuyen-quang-lay-y-kien-nhan-dan-ve-sua-doi-hien-phap-tren-vneid
  15. SGGP「Đề xuất mở rộng thực hiện dân chủ trên môi trường số」(2026-09-24)— https://www.sggp.org.vn/de-xuat-mo-rong-thuc-hien-dan-chu-tren-moi-truong-so-post873154.html
  16. The Vietnamese Magazine「Scoring Citizens via VNeID: Is Việt Nam’s Draft Resolution Unconstitutional?」(2026-02-05、題と概要のみ)— https://thevietnamese.org/2026/02/scoring-citizens-via-vneid-is-viet-nams-draft-resolution-unconstitutional/
  17. Coin98「Phân Tích Mô Hình Hoạt Động Gitcoin (GTC)」(2022-07-30)— https://coin98.net/phan-tich-mo-hinh-gitcoin
  18. QuanTriMang「Tại sao tất cả các nền tảng mạng xã hội nên triển khai Ghi chú cộng đồng (Community Notes)?」(2024-07-10)— https://quantrimang.com/tai-sao-mang-xa-hoi-nen-trien-khai-ghi-chu-cong-dong-203975
  19. 『Plurality』2-2「The Life of a Digital Democracy」— https://www.plurality.net/v/chapters/2-2/eng/ [CC0]

記事の間違いや、知りたいこと(「〜ってなに?」)を受け付けています。送られた内容は公開の issue になります。

この記事の間違いを知らせる ・ 質問する