Plurality の地図

アラビア語圏での Plurality の広がりってなに?

アラビア語圏では、書籍『Plurality』の訳も、本やワイルを扱う記事も見つかっていません。報道に出るのは台湾の大臣としてのタンです。本の側では、UAE やサウジアラビアが、電子政府で民主国を上回る権威主義の国の例として出ます。

役所の手続きがスマートフォンで済む。速いネットが使える。こうした「デジタルの政府」で、世界の上位に入る国がペルシャ湾岸にあります。台湾のオードリー・タン(Audrey Tang、アラビア語では أودري تانغ)とグレン・ワイル(E. Glen Weyl)の書籍『Plurality』は、こうした国を、民主国が遅れをとっている例として挙げています。一方で、アラビア語圏の側では、この本はどう読まれてきたのでしょうか。

ひとことで言うと

2026 年 10 月の時点で、書籍『Plurality』と、ワイルの前著『Radical Markets』(『ラディカル・マーケット』)のアラビア語訳は見つかっていません[1]。本の題やワイルに触れたアラビア語の記事も、この記事のための調査では見つかりませんでした。

アラビア語の報道に出てくるのは、台湾のデジタル担当の大臣としてのタンです。一方、本の側からは、UAE(アラブ首長国連邦)やサウジアラビアなど湾岸の国が出てきます。本はこれらの国を、電子政府やネットの速さで民主国を上回る「権威主義の国」の例として書いています[2]。

たとえば

コロナ対策の記事(2020 年 5 月)。 アル・ジャジーラ(Al Jazeera Net)は、台湾のコロナ対策を取り上げました。記事は、マスクの在庫を示す地図が作られたことを書いたあと、デジタル担当の大臣タンが、AI とビッグデータの使い道を広げた、と伝えています[3]。

民主主義サミット(2021 年 12 月)。 Independent Arabia は、米国が開いた「民主主義サミット」でタンが演説したことを報じました。記事によると、タンは、台湾が戒厳令の独裁から完全な民主主義へ移ったことを強調しました。記事は、台湾の参加が論争を呼び、中国が強く反対したこととあわせて伝えています[4]。

湾岸の AI についてのコラム(2025 年 5 月)。 題に「BW Column」とある、タンの名義のコラムがあります。末尾には「Interview and Compilation by Yu-Tang You」(聞き取りと構成は Yu-Tang You)とあります。コラムは、OpenAI の各国向けの取り組み「OpenAI for Countries」の最初の実施先は UAE かもしれない、と書きます。そして、アラブの国々にとっては、AI を自分たちの文化に合わせること(cultural alignment)が「even more crucial」(なおいっそう決定的に大事)だ、としています[5]。

くわしく

本と翻訳

本の GitHub の「fork」(写しを作って手を入れたもの)は 160 件あります(このサイトによる 2026 年 10 月の暫定の数え)。その中に、アラビア語(arabic)のディレクトリはありませんでした。本のサイト plurality.net の言語の一覧にも、アラビア語(ar)はありません[1]。

本の目録のサイト Open Library で出てくるのは英語版だけでした。アラビア語の Google ニュースで「الأسواق الراديكالية」(ラディカル・マーケット)を本の題として扱う記事も、0 件でした(このサイトによる 2026 年 10 月の暫定の数え)[1]。ただし、アラブの国々の国立図書館や出版社の目録は確かめていません。ですから、訳が「無い」とまでは言えません[1]。

本の中の湾岸の国

ここからは、本の英語版 2-0 章「ITと民主主義 拡大する溝」が書いていることです。

まず脚注で、アラブの春に触れています。脚注は、国の力が弱くもろい民主国では、混乱がかえって民主主義の味方になりうる、という文脈で書かれています。その中で、2010 年代はじめに北アフリカに広がったアラブの春を、ソーシャルメディアなどの技術を使いこなす若い市民が権威主義の国の制度に挑んだ例の一つに挙げています[2]。

一方、同じ章の本文は、UAE を中国と並べて、野心的な公共の情報技術の戦略を立て、かなりの程度まで実行してきた「authoritarian regimes」(権威主義の体制)だと書きます。サウジアラビアとほかの湾岸の君主国については、所得の水準のわりにネットの速さ(Speedtest.net の順位)で健闘している、としています[2]。

そのうえで本は、多くの中所得・高所得の民主国は、権威主義の国より電子政府への投資が少ない、と論じます。国連の電子政府開発指数(EGDI)の 2022 年版では、UAE が 13 位、サウジアラビアが 31 位で、カナダ(32 位)などの多くの民主国より上だった、と書いています[2]。

同じ指数の 2024 年版について、クウェートの Al-Rai は、サウジアラビアが 6 位、UAE が 11 位、バーレーンが 18 位だったと報じました[6]。同じ指数でも、扱い方は本と Al-Rai で違います。本はこれを民主国が遅れている証拠として使い、Al-Rai は自国と湾岸の国々の順位として伝えています。

タンはどう報じられたか

アラビア語の記事で、タンはいくつかの文脈で出てきます。

集めた範囲では、市民参加の仕組みに触れた記事は多くありません。目立つのは、Annabaa の AI と民主主義についての論考くらいです。この論考は、タンが Collective Intelligence Project(集合知プロジェクト)と組んで、AI の振る舞いについて市民の意見を聞く「alignment assemblies」(«تجميعات المحاذاة»)を行ったことに触れています[10]。→ アラインメント・アセンブリー

Community Notes(«ملاحظات المجتمع»)

2025 年 1 月、Meta が米国でのファクトチェックをやめ、X の Community Notes に似た仕組みに移ると発表しました。Community Notes は、利用者が誤解を招く投稿に注記を書き、ほかの利用者の評価で表示を決める仕組みです。この転換は、アラビア語でも報じられました。→ Community Notes

チュニジアの参加の制度

チュニジアのいくつかの自治体では、住民が予算の使い道を決める参加型予算(«الميزانية التشاركية»)が行われました。→ 参加型予算

Nawaat の投稿欄の文章(2016 年)は、団体 International Alert のチュニジアの拠点がローザ・ルクセンブルク財団や地元の市民社会と組んで支えた、Ettadhamen 市の 2017 年度の参加型予算の事業を紹介しています[14]。

Nawaat の 2017 年の取材記事は、地方分権の審査機関と、自治体向けの融資・補助の基金が、2017 年 6 月 9 日付の通知で、自治体が参加型予算を採り入れることに異を唱えたと伝えました。そのなかで、アリアナとシディ・ブジッドの自治体は、二つの方式を併用する道を選んだ、といいます[15]。

2025 年のポッドキャストの対談では、チュニジア政府で財務相の顧問を務めた Omezzine Khelifa が、タンにこう語りました。チュニジア革命の社会運動は、代わりの仕組みの案を持っていなかったので、最後は政党に取り込まれてしまった、という見方です[16]。

どこが議論になっているか

Plurality の中での位置

本の英語版で、アラブの世界は 2-0 章に出てきます。一つは脚注のアラブの春で、技術で権威主義に挑んだ例です。もう一つは本文の湾岸の国々で、技術への公共の投資で民主国を上回る権威主義の国として、UAE の情報技術の戦略、サウジアラビアなど湾岸の君主国のネットの速さ、砂漠に建設中の新しいスマートシティ Neom が挙げられています[2]。本の英語版を探した範囲では、アラビア語圏の市民参加の実践は出てきません。

本の外では、タン自身がアラブの国々向けの AI の文化的な整合に触れています[5]。また Khelifa は、市民社会の団体と公務員のあいだの信頼を「民主主義の健康の温度計」のようなものと呼び、独裁のもとのチュニジアと民主主義の台湾を比べました[16]。

ほかの国・地域の記事:

もっと知りたい人へ

  1. 『Plurality』2-0「Information Technology and Democracy: A Widening Gulf」(英語・本、CC0)— https://www.plurality.net/v/chapters/2-0/eng/
  2. タンのコラム「As AI giants gather in the Middle East」(英語・コラム、CC BY 4.0)— https://github.com/audreyt/transcript/blob/master/2025-05-22-As-AI-giants-gather-in-the-Middle-East.md
  3. アル・ジャジーラ「دبلوماسية تايوان الصحية」(アラビア語・記事、2020)— https://www.aljazeera.net/politics/2020/5/6/%D8%AA%D8%A7%D9%8A%D9%88%D8%A7%D9%86-%D9%88%D9%81%D9%8A%D8%B1%D9%88%D8%B3-%D9%83%D9%88%D8%B1%D9%88%D9%86%D8%A7
  4. Khelifa との対談「How To Save Democracy」(英語・ポッドキャストの記録、CC0)— https://archive.tw/2025-11-28-how-to-save-democracy
  5. Nawaat のチュニジアの参加型予算の取材(アラビア語・記事、2017)— https://nawaat.org/2017/10/04/%D8%A7%D9%84%D9%85%D9%8A%D8%B2%D8%A7%D9%86%D9%8A%D8%A9-%D8%A7%D9%84%D8%AA%D8%B4%D8%A7%D8%B1%D9%83%D9%8A%D8%A9-%D8%A7%D8%B3%D8%AA%D8%A6%D9%86%D8%A7%D9%81-%D8%A8%D8%B9%D8%AF-%D9%82%D8%B7%D9%8A%D8%B9/

出典

  1. 本のリポジトリの fork の一覧 — https://github.com/pluralitybook/plurality/forks [CC0]
  2. 『Plurality』2-0「Information Technology and Democracy: A Widening Gulf」— https://www.plurality.net/v/chapters/2-0/eng/ [CC0]
  3. アル・ジャジーラ「دبلوماسية تايوان الصحية.. كيف نجحت دولة على حدود الصين في احتواء فيروس كورونا؟」(2020-05-06)— https://www.aljazeera.net/politics/2020/5/6/%D8%AA%D8%A7%D9%8A%D9%88%D8%A7%D9%86-%D9%88%D9%81%D9%8A%D8%B1%D9%88%D8%B3-%D9%83%D9%88%D8%B1%D9%88%D9%86%D8%A7
  4. Independent Arabia「تايوان نقطة حساسة في الصراع بين واشنطن وبكين」(2021-12-22)— https://www.independentarabia.com/node/287866/%D8%B3%D9%8A%D8%A7%D8%B3%D8%A9/%D8%AD%D9%88%D8%A7%D8%B1%D8%A7%D8%AA/%D8%AA%D8%A7%D9%8A%D9%88%D8%A7%D9%86-%D8%AA%D8%AD%D8%B8%D9%89-%D8%A8%D8%AF%D8%B9%D9%85-%D8%B9%D8%A7%D9%84%D9%85%D9%8A-%D9%85%D8%AA%D8%B2%D8%A7%D9%8A%D8%AF-%D9%88%D8%AA%D8%A8%D9%82%D9%89-%D8%AD%D8%B0%D8%B1%D8%A9-%D8%A5%D8%B2%D8%A7%D8%A1-%D8%A7%D9%84%D8%AA%D9%87%D8%AF%D9%8A%D8%AF-%D8%A7%D9%84%D8%B5%D9%8A%D9%86%D9%8A
  5. BW Column: As AI giants gather in the Middle East(2025-05-22)— https://github.com/audreyt/transcript/blob/master/2025-05-22-As-AI-giants-gather-in-the-Middle-East.md [CC BY 4.0]
  6. Al-Rai「مؤشر الأمم المتحدة للحكومة الإلكترونية 2024: الكويت 66 عالمياً و6 خليجياً و20 آسيوياً」(2024-09-19)— https://www.alraimedia.com/article/1701686/%D9%85%D8%AD%D9%84%D9%8A%D8%A7%D8%AA/%D8%A3%D8%AE%D8%A8%D8%A7%D8%B1-%D9%85%D8%AD%D9%84%D9%8A%D8%A9/%D9%85%D8%A4%D8%B4%D8%B1-%D8%A7%D9%84%D8%A3%D9%85%D9%85-%D8%A7%D9%84%D9%85%D8%AA%D8%AD%D8%AF%D8%A9-%D9%84%D9%84%D8%AD%D9%83%D9%88%D9%85%D8%A9-%D8%A7%D9%84%D8%A5%D9%84%D9%83%D8%AA%D8%B1%D9%88%D9%86%D9%8A%D8%A9-2024-%D8%A7%D9%84%D9%83%D9%88%D9%8A%D8%AA-66-%D8%B9%D8%A7%D9%84%D9%85%D9%8A%D8%A7-%D9%886-%D8%AE%D9%84%D9%8A%D8%AC%D9%8A%D8%A7-%D9%8820-%D8%A2%D8%B3%D9%8A%D9%88%D9%8A%D8%A7
  7. Al-Mashhad Al-Araby「الصين تستنكر اجتماع وزير الأمن البريطاني مع وزيرة تايوانية」(2023-06-18)— https://almashhadalaraby.com/news/401654
  8. Al-Sharq「فنلندا - سنغافورة - تايوان.. كيف نجحت في محو الأمية الإعلامية؟」(2026-07-23)— https://al-sharq.com/opinion/23/07/2026/%D9%81%D9%86%D9%84%D9%86%D8%AF%D8%A7-%D8%B3%D9%86%D8%BA%D8%A7%D9%81%D9%88%D8%B1%D8%A9-%D8%AA%D8%A7%D9%8A%D9%88%D8%A7%D9%86-%D9%83%D9%8A%D9%81-%D9%86%D8%AC%D8%AD%D8%AA-%D9%81%D9%8A-%D9%85%D8%AD%D9%88-%D8%A7%D9%84%D8%A3%D9%85%D9%8A%D8%A9-%D8%A7%D9%84%D8%A5%D8%B9%D9%84%D8%A7%D9%85%D9%8A%D8%A9
  9. TRT Arabi「الخطر الإسرائيلي يطرق أبواب الصين..」(2025-10-27)— https://www.trtarabi.com/article/46260b482fed
  10. Annabaa「كيف يمكن للذكاء الاصطناعي تعزيز الديمقراطية؟」(2024-04-07)— https://annabaa.org/arabic/authorsarticles/38502
  11. アル・ジャジーラ「ميتا تدخل منحنى خطرا في مجال مكافحة التضليل الإعلامي」(2025-01-11)— https://www.aljazeera.net/tech/2025/1/11/%D9%85%D9%8A%D8%AA%D8%A7-%D8%AA%D8%AF%D8%AE%D9%84-%D9%85%D9%86%D8%AD%D9%86%D9%89-%D8%AE%D8%B7%D8%B1%D8%A7-%D9%81%D9%8A-%D9%85%D8%AC%D8%A7%D9%84-%D9%85%D9%83%D8%A7%D9%81%D8%AD%D8%A9
  12. Oman Daily「استسلام «ميتا» والسوق الحر للأكاذيب」(2025-02-04)— https://www.omandaily.om/ampArticle/1172508
  13. Asharq News「"إكس" تفتح المجال أمام الذكاء الاصطناعي لكتابة "ملاحظات المجتمع"」(2025-07-04)— https://asharq.com/technology/141504/%D8%A5%D9%83%D8%B3-%D8%AA%D9%81%D8%AA%D8%AD-%D8%A7%D9%84%D9%85%D8%AC%D8%A7%D9%84-%D8%A3%D9%85%D8%A7%D9%85-%D8%A7%D9%84%D8%B0%D9%83%D8%A7%D8%A1-%D8%A7%D9%84%D8%A7%D8%B5%D8%B7%D9%86%D8%A7%D8%B9%D9%8A-%D9%84%D9%83%D8%AA%D8%A7%D8%A8%D8%A9-%D9%85%D9%84%D8%A7%D8%AD%D8%B8%D8%A7%D8%AA-%D8%A7%D9%84%D9%85%D8%AC%D8%AA%D9%85%D8%B9/
  14. Nawaat「تجربة الميزانية التشاركيّة في حيّ التضامن: خطوة هامّة على طريق الديمقراطيّة المحلّية」(2016-09-29)— https://nawaat.org/2016/09/29/%D8%AA%D8%AC%D8%B1%D8%A8%D8%A9-%D8%A7%D9%84%D9%85%D9%8A%D8%B2%D8%A7%D9%86%D9%8A%D8%A9-%D8%A7%D9%84%D8%AA%D8%B4%D8%A7%D8%B1%D9%83%D9%8A%D9%91%D8%A9-%D9%81%D9%8A-%D8%AD%D9%8A%D9%91-%D8%A7%D9%84%D8%AA/
  15. Nawaat「الميزانية التشاركية: استئناف بعد قطيعة أم ذرّ رماد على الأعين؟」(2017-10-04)— https://nawaat.org/2017/10/04/%D8%A7%D9%84%D9%85%D9%8A%D8%B2%D8%A7%D9%86%D9%8A%D8%A9-%D8%A7%D9%84%D8%AA%D8%B4%D8%A7%D8%B1%D9%83%D9%8A%D8%A9-%D8%A7%D8%B3%D8%AA%D8%A6%D9%86%D8%A7%D9%81-%D8%A8%D8%B9%D8%AF-%D9%82%D8%B7%D9%8A%D8%B9/
  16. How To Save Democracy(2025-11-28)— https://archive.tw/2025-11-28-how-to-save-democracy [CC0]

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