いどばたってなに?
大勢で一つの掲示板に書き込むと、声の大きい人の意見ばかりが目立ち、話がまとまらなくなりがちです。かといって、一人ずつ話を聞くのは手間がかかりすぎます。「いどばた」は、AI が一人ずつ話を聞き、それをつなぎ合わせることで、この問題を解こうとする道具です。
ひとことで言うと
いどばたは、一人ずつが AI と 1 対 1 でチャットし、その内容を AI が集めて「みんなの論点」や「政策の直し案」にまとめる道具です[1][2]。
作っているのは、日本の有志のコミュニティ デジタル民主主義2030(DD2030) です。誰でも無料で使い直せるよう、プログラムの中身が公開されています(オープンソース)[1]。
たとえば
チームみらいの「しゃべれるマニフェスト」(2025 年の参院選)。 政党の チームみらい が 2025-05-16 に公開しました。有権者が AI とチャットすると、AI が質問しながら考えを言葉にするのを手伝います。最後に AI が、マニフェスト(公約)の変更提案をまとめて送ります[2]。
4 日後、党首の安野貴博は、提案書が 1,300 件を超え「想定の10倍以上」だったと投稿しました。最終的に、政策への提案は 8,559 件届きました[2]。
サイボウズの社内ワークショップ。 参加者が書いたことに AI が質問を返して掘り下げました。50 人分のチャットを AI が数分で読み、よく出たテーマや、意見が合う点・分かれる点をレポートにしました[3]。
東大阪市の住民会議。 住民どうしが話し合う会議の後、意見を集め続ける場としていどばたが使われました。AI は、「不安な未来を、希望ある未来へ」など 12 件の論点を整理しました[4]。→ 自治体のブロードリスニング
群馬県太田市の「自分ごと化会議」(2025-11〜2026-01)。 市の議事録によれば、無作為に選ばれた市民が話し合うこの会議の第 1 回で、合同会社 多元現実がいどばたを紹介しました。市の施策についての質問に AI が答える機能と、「制度が分かりにくい」といった意見に AI が「どう見づらい?」「どうなってほしい?」と問い返して掘り下げる機能があります。最終回では、提案書の素案への直しの意見を「いどばたマニュフェスト」(議事録の表記)で AI と壁打ちしながら送れるようにしました。参加者の感想には、AI で議論がまとまっていく様子が参考になった、スマホで意見を整理する時間があって冷静になれた、という声がある一方、「自分は嫌だなという憤りの気持ちが残った」という人もいました(AI に向けたものかは議事録からは分かりません)[15]。
しくみ
二つの部品
いどばたは、別々に使える二つの部品からできています[1]。
- いどばたビジョン — 政党や自治体、企業、学校などがテーマを決めます。利用者はチャットで自由に意見や質問を書きます。システムが大事な論点を抜き出し、「重要論点」として整理します。未来像や方向性を広く集めるための部品です。
- いどばた政策 — すでにある案(たとえばマニフェスト)を、利用者との対話から直していく部品です。変更の提案は、プログラム共有サイト GitHub の「プルリクエスト」(変更の申し出)として作られます[1][5]。
二つを続けて使えば、課題を見つけるところから、施策を具体的にするところまでを一続きで扱える、と説明書(README)は書いています[1]。
なぜ作られたのか
説明書は、これまでの話し合いの試みの課題として、意見がまとまらないこと、大きな声だけが残ること、集めた意見を政策につなげにくいこと、を挙げています[1]。
2025-01-16 の DD2030 の立ち上げ会見で、安野はこれを「民意による政策反映」のプロジェクトとして発表しました。台湾の vTaiwan や JOIN(台湾政府の市民参加サイト)を参考に、ネット上で大規模に話し合える場を作る、という趣旨でした[6][7]。
「AI を介してつながる」という新しい形
ブロードリスニング本(DD2030 コミュニティの有志が書いた本)の西尾泰和の節は、いどばたを「第三の形」のコミュニケーションだと説明しています[2]。
- 一つ目は、みんなが同じチャットにいる形(掲示板など)。
- 二つ目は、一人と AI だけの閉じた形(ChatGPT など)。
- 三つ目がいどばたで、別々のチャットにいる人どうしが、AI を介してつながります。
たとえば、いどばた政策の AI たちは「今のマニフェスト」を共有しています。ある人との対話から出た直し案を人間が認めると、次の人と話す AI は、直した後のマニフェストを読んで話します[2]。西尾はこれを、技術の変化が「公共」の形を変えるという哲学者ジョン・デューイの議論につなげています[2]。→ 創発的公衆
どこが議論になっているか
当事者の振り返り
しゃべれるマニフェストに技術面で関わった 西尾泰和 の振り返りです。
- 受け止められた感じがしない。 しゃべれるマニフェストは、提案を送ったところで終わりでした。その後どう扱われたかが本人に見えず、自分の意見が受け止められた感じがしない、という声が出ました。西尾は、意見が「どこへ行ったのか」まで追えるしくみが要る、と総括しています[2]。
- 提案が細かすぎてぶつかる。 同じ箇所に数十件の直し案が重なり、担当者が全部読んで作り直す力技になりました。西尾は、AI が聞くべきは「文言をどう直すか」より「何に困っているか」だったのではないか、と書いています。そのうえで、まず事実、次に気持ちを集め、そのあとで初めてアイデアを聞く、というオードリー・タンの話し合いの手順を引いています[2]。
- GitHub がそのまま掲示板になった。 1 件の提案に 236 件のコメントが付いたこともありました[8]。とげのある言い合いや、安野の顔写真を勝手にアイコンに使う人も現れました。X では、これを「チームみらい内部の議論」と誤解した情報も広がりました。西尾は、GitHub を直接見せず、専用の画面で覆うべきだったと書いています[2]。
外部からの批判・評価
- 提案の質と責任。 ある市民の note 記事は、元の提案の質が低い、審査のやり方を直すべきだ、といった批判があると紹介しています。さらに、オープンソース型の市民参加は責任の所在があいまいで、チームみらいは集めた提案を実質的に捨てている、とまで書いています。ただし、この主張の一部は確かめられていません[9]。参考として、チームみらいの政策リポジトリへの提案は計 9,686 件で、そのうち取り込まれたのは 194 件です。GitHub でのマニフェストの更新は 2025-07-26 で終わっています[10][11]。
- 何の道具か分かりにくい。 別の note の書き手は、いどばたビジョンは初めての人に用途が分かりにくく、パブリックコメント(行政の意見募集)のような雰囲気になっている、と感想を書いています[12]。
- 推進する側からの評価。 書籍『Plurality』の著者の一人オードリー・タン(唐鳳)は、書籍『2030 来たるべき世界』のインタビュー(AERA DIGITAL が 2026-03 に抜粋を掲載)で、いどばたのような優れた世論調査の手法が出てくれば、さまざまな市議会や異なる政党が採用するだろうと述べました。DD2030 の大きな可能性は党派性を超えている点にある、とも評しています[18]。
- 聞く範囲を誰が決めるのか。 雑誌 Noema の記事(2026 年 6 月)は、2026 年の衆院選でチームみらいが使った AI チャットボットのプログラムに、会話で避ける「NG ワード」が設定されていたと指摘しました(記事はそのチャットボットをいどばたとは名指ししていません)。土台の AI(Claude)の側の制約とあわせ、政治的な会話の境目がいくつもの場所で決められうる、という問題提起です。一方で記事は、この道具が無理に合意を作ろうとせず、判断を党と有権者に残した点を民主的だとも評価しています[13]。
Plurality の中での位置
書籍『Plurality』は、いどばたの名前を出しません。けれども、5-4「拡張熟議」が描く、会話を大きな規模で行うための道具(Polis、vTaiwan、AI による ブロードリスニング)の、日本での実装の一つにあたります[14]。
同じ DD2030 の 広聴AI が「集まった声を地図にする」道具なのに対して、いどばたは「一人ずつ声を聞き取り、まとめ、次の行動につなげる」側を担います。二つは、DD2030 の立ち上げ時の 3 つのプロジェクトのうちの二つです[6]。
ブロードリスニング本は、いどばたは「チームみらいの所有物」ではなく、誰でも使える公共の財産だと強調しています。2025 年には別の政党でも導入の準備が進みましたが、先方の担当者の異動で立ち消えになったといいます[2]。これとは別に、立憲民主党の小川淳也幹事長は 2025-04-22 の会見で、DD2030 の実証実験として大規模熟議システム「りっけんAI井戸端会議(仮称)」を立ち上げ、運用を始めることが党で了承されたと報告し、支持の多い政策を党の政策や公約に反映したいと述べました[16][17]。実際に動いたか、本のいう「別の政党」が立憲民主党なのかは、集めた資料では確かめられていません。
もっと知りたい人へ
- DD2030「いどばた」紹介ページ(日本語・Web)— https://dd2030.org/idobata
- ブロードリスニング本 6.1「2025年参院選 チームみらいの取り組み」(日本語・本・無料公開)— https://broadlisteningbook.com/
- 西尾泰和「チームみらいの社会実験『しゃべれるマニフェスト』から得られた知見」(日本語・記事)— https://note.com/nishiohirokazu/n/nb35e8d526fd4
- idobata のリポジトリと説明書(日本語・ソフト)— https://github.com/digitaldemocracy2030/idobata
- DD2030 立ち上げ会見の全文(日本語・記録)— https://note.com/annotakahiro24/n/nfd4a855cd1a8
- Noema「Democracy Needs Friction To Function」(英語・批判的な記事)— https://www.noemamag.com/democracy-needs-friction-to-function
出典
- idobata README — https://github.com/digitaldemocracy2030/idobata
- ブロードリスニング本 6.1「チームみらい」— https://github.com/digitaldemocracy2030/broad-listening-book/blob/f69c60c838a91b91668abf109d7093b240610139/06_01_%E3%83%81%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%81%BF%E3%82%89%E3%81%84.md [CC BY-NC 4.0]
- ブロードリスニング本 9.2「サイボウズ」— https://github.com/digitaldemocracy2030/broad-listening-book/blob/f69c60c838a91b91668abf109d7093b240610139/09_02_%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%9C%E3%82%A6%E3%82%BA.md [CC BY-NC 4.0]
- ブロードリスニング本 10.3「多元現実」— https://github.com/digitaldemocracy2030/broad-listening-book/blob/f69c60c838a91b91668abf109d7093b240610139/10_03_%E5%A4%9A%E5%85%83%E7%8F%BE%E5%AE%9F.md [CC BY-NC 4.0]
- ブロードリスニング本 付録「用語集」(英語版)— https://broadlisteningbook.com/ [CC BY-NC 4.0]
- DD2030 立ち上げ会見 全文 — https://note.com/annotakahiro24/n/nfd4a855cd1a8
- DD2030「いどばた」紹介ページ — https://dd2030.org/idobata
- 西尾泰和「チームみらいの社会実験『しゃべれるマニフェスト』から得られた知見」— https://note.com/nishiohirokazu/n/nb35e8d526fd4
- 「『チームみらい』が唱える『Plurality』は看板だけにならないか」(note)— https://note.com/ippanjin_2025/n/n299555fb4908
- team-mirai/policy リポジトリ(2026-09-24 時点の件数)— https://github.com/team-mirai/policy
- team-mirai/policy README — https://github.com/team-mirai/policy
- 電気好太郎「デジタル民主主義2030の『いどばたビジョン』って何のツールなの?」(note、2025-06-03)— https://note.com/denkikotaro/n/nf9df91dcb4af
- Noema「Democracy Needs Friction To Function」(2026-06-10)— https://www.noemamag.com/democracy-needs-friction-to-function
- 『Plurality』5-4「Augmented Deliberation」— https://www.plurality.net/v/chapters/5-4/eng/ [CC0]
- 太田市「太田市自分ごと化会議 2025」詳細議事録 — 第 1 回 https://www.city.ota.gunma.jp/uploaded/attachment/37187.pdf ・第 4 回 https://www.city.ota.gunma.jp/uploaded/attachment/38086.pdf
- 立憲民主党「【幹事長会見】小川幹事長「りっけんAI井戸端会議(仮称)」で熟議を」(2025-04-22)— https://cdp-japan.jp/news/20250422_9145
- 東スポWEB(2025-04-22)「立憲・小川淳也幹事長 AIエンジニア安野氏と「りっけんAI井戸端会議(仮称)」立ち上げへ」— https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/341976
- AERA DIGITAL(2026-03-26)オードリー・タンのインタビュー(書籍『2030 来たるべき世界』からの抜粋)— https://dot.asahi.com/books/articles/-/278484
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