Talk to the City(TTTC)ってなに?
「ご意見をお寄せください」と呼びかけると、何千、何万という文章が届くことがあります。けれども、人がそのすべてを読み、どんな話題がどれだけ語られているかをつかむのは大変です。Talk to the City(トーク・トゥ・ザ・シティ)は、この「読みきれない意見」を AI の力で見渡せるようにする道具です。
ひとことで言うと
Talk to the City(略して TTTC)は、何百〜何万件もの自由な意見を AI に読ませ、「どんな論点が、どれくらい語られているか」を点の地図と要約にして見せるソフトです[1][2]。
作ったのは、米国の非営利団体 AI Objectives Institute(AOI)です。無料で、プログラムの中身も公開されています(オープンソース)[1]。こうした「大勢の声を聴く」技術を ブロードリスニング と呼びます。
たとえば
台湾の「對齊大會(Alignment Assemblies)」(2023 年)。 台湾のデジタル発展部(moda)は、生成 AI について市民の意見を集めました。まず Polis でオンラインの意見を集め、その結果を TTTC で見える形にして、台北と台南での対面の話し合いの材料にしました[3][4]。moda の委託で話し合いを運営した CIDS(Centre for Innovative Democracy and Sustainability)の事例記事も、討議の場で TTTC を使ったと書いています[16]。オードリー・タン(唐鳳)は当時(2023-08)の TIME のインタビューで、この報告では英語と中国語の意見が同じまとまりに並ぶ、と紹介しています[5]。→ Alignment Assemblies
東京都知事選(2024 年)。 候補者の安野貴博の陣営は、X のハッシュタグ「#TOKYOAI」や匿名の意見箱に集まった声を TTTC で分析し、選挙期間中に 30 件以上のレポートを作りました。意見箱への投稿から抽出した 951 件の意見からは、子育て支援の所得制限をなくしてほしいという声が浮かび、マニフェスト(公約)の ver2.0 に反映されました[6]。→ 安野貴博の 2024 年都知事選
国会の質問(2025-03-07)。 国民民主党の伊藤孝恵議員は、電話や Google フォーム、SNS で集めた就職氷河期世代の声を TTTC で「論点地図」にしました。そして参議院の予算委員会で、首相への質問の資料に使いました。ブロードリスニング本(DD2030 コミュニティ著)は、日本の国会でブロードリスニングの結果が質問の根拠に使われた初めての例だとしています[7]。国会会議録にも、伊藤議員が「AIを用いたブロードリスニング」の資料を示した質問が残っています(道具の名前は出ません)[17]。これより前の 2025-01-29 には、同党の川合孝典議員が参議院本会議で、1 月 16 日に「Talk to the City によるブロードリスニング」で党に寄せられた意見を可視化した、と述べています[18]。
しくみ
3 つの段階
ブロードリスニング本は、TTTC の処理を 3 段階で説明しています[6]。
- 抜き出す。 生成 AI が、一つひとつの投稿から「意見」を取り出します。
- まとめる。 文章を数字の並び(ベクトル)に変え、似た意見どうしを集めます(クラスタリング)。
- 名前を付ける。 生成 AI が、それぞれのまとまりに見出しと要約を付けます。最後に、意見の散らばりを 2 次元の散布図にします。
いちばん新しいのは「抜き出す」段階
西尾泰和は、最初の「抜き出す」段階こそ、これまでの分析と違う点だと書いています[8]。
何を抜き出してほしいかを、プログラムではなく普通の言葉で AI に頼めます。役に立たない投稿からは何も抜き出さないので、自然とふるいになります。一つの文章にいくつもの論点が混ざっていても、ばらして扱えます[8]。
二つの版
ブロードリスニング本によれば、TTTC には二つの版があります。散布図で見せる「TTTC Scatter」と、AI に直接分類させて一覧で見せる「TTTC Turbo」です。どちらも台湾などで使われました[9]。
なぜ注目されたのか
タンは、2014 年ごろは市民団体 g0v の力だけでは、話し合いの参加者一人ひとりに聞き取り、細かなニュアンスを保ったまま意見をまとめるのは無理だった、と振り返っています。Talk to the City の助けで、そのコストはほぼゼロになった、というのがタンの見方です[10]。
タンはまた、道具が公開されているので、地域の人が聞き取りの録画などを持っていれば、TTTC の方法で無料で「集合知」に変えられる、とも語っています[11]。
Polis とどう違うのか
見た目はどちらも点の散布図です。けれども、点が表すものが違います[3]。
- Polis の点は「1 人の人」です。考えの近い人どうしが近くに並びます。
- TTTC の点は「1 件の意見」です。話題の近い意見どうしが近くに並びます。
ブロードリスニング本は、二つは補い合うものだとしています。Polis は投票から意見のグループと、グループをまたいで支持される意見を示します。TTTC は、自由な文章から人々が実際に何を語ったかを整理します[12]。
日本での広がり
日本での使い始めは 2024 年 5 月です。5-23 に Code for Japan の関治之が、安野と西尾との打ち合わせで TTTC を紹介しました。5-30 には西尾が、AI についてのパブリックコメント約 2 万件で試しました[6]。
その後、テレビ局の 2024 年衆院選の報道や、東京都「シン東京2050」の意見募集にも使われました[2][13]。→ 東京都「2050東京戦略」のブロードリスニング
ただ、TTTC Scatter は動かすのに専門的な準備が必要で、使いにくいものでした。そこで、これを枝分かれさせて作り直した「広聴AI」が 2025-03-16 に公開されました。いまは デジタル民主主義2030(DD2030) のコミュニティが開発を続けています[9]。
どこが議論になっているか
- 「意見の地図」ではなく「話題の地図」。 西尾は、TTTC は賛否ではなく話題でまとめると指摘しています。たとえば、ある物事を禁止せよという意見と、それを妨げるなという正反対の意見が、同じまとまりに入りうるのです。賛成か反対かを見分けるしくみは入っていません[14]。
- 似た意見の取り違え(開発元の報告)。 開発元 AOI の Deger Turan と Colleen McKenzie は、IE 大学の研究所から出した報告(2024-06)で、もっとも詳しく点検した事例では参加者の発言の作話(幻覚)は見つからなかった一方、似ているが別の主張を一つにまとめる、関係の薄い主張を誤って分類する、という問題があったと書いています。西尾の「話題の地図」の指摘と同じ向きの指摘ですが、こちらは開発元自身の報告です[20]。
- 間違いが混ざる。 テレビ局との衆院選の取り組みでは、AI が元の投稿に無いことを書いてしまう「幻覚」と、元の投稿自体の誤り、の両方で、結果に事実と違う内容が入ることがありました。見出しと要約を記者が人手で確かめ、かなりの時間と費用がかかったといいます[13]。日本テレビ自身も放送の中で、AI の分析は「間違い」や「フェイク」をそのまま映しうる、と視聴者に注意していました(日本テレビは共同で実施した当事者です)[19]。
- 使う側の壁。 伊藤議員は、実際に使ってみて、組織の意思決定、エンジニアの確保、AI への指示の調整、お金、デジタル格差、という 5 つの壁があったと報告しています[7]。
- 画像では伝わらない。 ブロードリスニング本は、TTTC はブラウザで操作しながら見る道具で、画像にした時点で情報の大半が失われる、と注意しています[6]。
- AI の要約への外部からの疑問。 研究者の Seth Lazar と Lorenzo Manuali は、TTTC が使われた例を挙げたうえで、公的な意見募集を LLM で要約するとき、要約が情報を落とす・偏る・作話するなら民主的な価値を損ない、件数は少なくても大事な意見を拾いにくく、誤りの責任も問えない、と論じました[21]。カーネギー国際平和財団の Micah Weinberg は、TTTC を LLM による集約の道具の例に挙げつつ、AI の要約一般について、意見の違いをならす、多数派の言語の枠組みに寄る、参加者が確かめられない、という問題を指摘しています[22]。
Plurality の中での位置
書籍『Plurality』は 5-4「拡張熟議」で、Polis や Community Notes を AI でどう広げるかを「最も明らかな方向性の一つ」とし、その例に Talk to the City を挙げます。本によれば、TTTC は、集団の考えを表す主張の一覧を、話しかけて相手の見方をつかめる対話型の AI に置き換えるものです[2]。
同じ章は、2024 年の都知事選での TTTC による可視化や、テレビ局の衆院選特番、東京都の 2050 年に向けた計画の意見募集にも触れています[2]。
6-5「学習」では、台湾が Talk to the City のような拡張熟議の技術を使って、AI の影響を和らげてきたと書いています[15]。→ 台湾のデジタル民主主義
もっと知りたい人へ
- ブロードリスニング本 11.1「台湾」・4.1「安野貴博の取り組み」(日本語・本・無料公開)— https://broadlisteningbook.com/
- 書籍『Plurality』5-4「拡張熟議」(日本語・本)— https://www.plurality.net/v/chapters/5-4/jpn/
- AOI「Talk to the City」(英語・開発元の紹介)— https://ai.objectives.institute/talk-to-the-city
- moda「AI 未來民主化審議式工作坊」(中国語・行政の報告)— https://moda.gov.tw/major-policies/alignment-assemblies/2023-ideathon/1459
- タンと AOI・vTaiwan の対話(英語・対談の書き起こし)— https://github.com/audreyt/transcript/blob/main/2024-05-06-Conversation-with-AI-Objectives-Institute.md
- 西尾泰和「Polisは意見のクラスタリング、TTTCはトピックのクラスタリング」(日本語・メモ)— https://scrapbox.io/nishio/Polisは意見のクラスタリング%E3%80%81TTTCはトピックのクラスタリング
出典
- ブロードリスニング本 付録「用語集」— https://github.com/digitaldemocracy2030/broad-listening-book/blob/f69c60c838a91b91668abf109d7093b240610139/99_%E4%BB%98%E9%8C%B2_%E7%94%A8%E8%AA%9E%E9%9B%86.md [CC BY-NC 4.0]
- 『Plurality』5-4「Augmented Deliberation」— https://www.plurality.net/v/chapters/5-4/eng/ (日本語版 https://www.plurality.net/v/chapters/5-4/jpn/ ) [CC0]
- ブロードリスニング本 11.1「台湾」— https://github.com/digitaldemocracy2030/broad-listening-book/blob/f69c60c838a91b91668abf109d7093b240610139/11_01_%E5%8F%B0%E6%B9%BE.md [CC BY-NC 4.0]
- moda「AI 未來民主化審議式工作坊」— https://moda.gov.tw/major-policies/alignment-assemblies/2023-ideathon/1459
- 唐鳳「Interview with TIME」(2023-08-14、書き起こし。moda の公開版 https://moda.gov.tw/en/press/background-information/6477 )— https://github.com/audreyt/transcript/blob/main/2023-08-14-Interview-with-TIME.md [CC0]
- ブロードリスニング本 4.1「安野貴博の取り組み」— https://github.com/digitaldemocracy2030/broad-listening-book/blob/f69c60c838a91b91668abf109d7093b240610139/04_01_%E5%AE%89%E9%87%8E%E8%B2%B4%E5%8D%9A%E3%81%AE%E5%8F%96%E3%82%8A%E7%B5%84%E3%81%BF.md [CC BY-NC 4.0]
- ブロードリスニング本 4.2「国民民主の国会質問」— https://github.com/digitaldemocracy2030/broad-listening-book/blob/f69c60c838a91b91668abf109d7093b240610139/04_02_%E5%9B%BD%E6%B0%91%E6%B0%91%E4%B8%BB%E3%81%AE%E5%9B%BD%E4%BC%9A%E8%B3%AA%E5%95%8F.md [CC BY-NC 4.0]
- 西尾泰和「Talk to the Cityの抽出ステップについて」— https://scrapbox.io/nishio/Talk_to_the_Cityの抽出ステップについて
- ブロードリスニング本 10.0「DD2030による広聴AIの開発活動」— https://github.com/digitaldemocracy2030/broad-listening-book/blob/f69c60c838a91b91668abf109d7093b240610139/10_00_DD2030%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E5%BA%83%E8%81%B4AI%E3%81%AE%E9%96%8B%E7%99%BA%E6%B4%BB%E5%8B%95.md [CC BY-NC 4.0]
- ブロードリスニング本 11.5「Connective Actionを力に変える」— https://github.com/digitaldemocracy2030/broad-listening-book/blob/f69c60c838a91b91668abf109d7093b240610139/11_05_Connective_Action%E3%82%92%E5%8A%9B%E3%81%AB%E5%A4%89%E3%81%88%E3%82%8B.md [CC BY-NC 4.0]
- タンのインタビュー(Your Undivided Attention、2024-01-24)— https://github.com/audreyt/transcript/blob/main/2024-01-24-Interview-with-Your-Undivided-Attention-podcast.md [CC0]
- ブロードリスニング本 11.2「Polisの誕生」— https://github.com/digitaldemocracy2030/broad-listening-book/blob/f69c60c838a91b91668abf109d7093b240610139/11_02_Polis%E3%81%AE%E8%AA%95%E7%94%9F.md [CC BY-NC 4.0]
- ブロードリスニング本 4.3「日テレ選挙特番」— https://github.com/digitaldemocracy2030/broad-listening-book/blob/f69c60c838a91b91668abf109d7093b240610139/04_03_sumino_%E6%97%A5%E3%83%86%E3%83%AC%E9%81%B8%E6%8C%99%E7%89%B9%E7%95%AA.md [CC BY-NC 4.0]
- 西尾泰和「Polisは意見のクラスタリング、TTTCはトピックのクラスタリング」— https://scrapbox.io/nishio/Polisは意見のクラスタリング%E3%80%81TTTCはトピックのクラスタリング
- 『Plurality』6-5「Learning」— https://www.plurality.net/v/chapters/6-5/eng/ [CC0]
- CIDS「When AI Meets Governance: Enhancing Deliberation through Digital Tools」(Participedia の事例記事)— https://participedia.net/case/when-ai-meets-governance-enhancing-deliberation-through-digital-tools [CC BY-NC-SA 3.0]
- 国会会議録 参議院 予算委員会(2025-03-07)伊藤孝恵議員の質疑 — https://kokkai.ndl.go.jp/txt/121715261X00420250307/304
- 国会会議録 参議院 本会議(2025-01-29)川合孝典議員の代表質問 — https://kokkai.ndl.go.jp/txt/121715254X00320250129/10
- 日テレNEWS(2024-10-26)「衆院選に対する“ネットの声”は…新たな試み「ブロードリスニング」」(news zero)— https://news.ntv.co.jp/category/politics/95dadf7046b240549506356a7c9a6040
- Deger Turan, Colleen McKenzie「How Can AI Be Used to Inform Policymaking?」(IE 大学 Center for the Governance of Change、2024-06。開発元 AOI の報告)— https://static.ie.edu/CGC/AI4Democracy%201%20-%20AI%20for%20policymaking.pdf
- Seth Lazar, Lorenzo Manuali「Can LLMs advance democratic values?」(論文、arXiv、2024-10。2025-05 改訂)— https://arxiv.org/abs/2410.08418
- Micah Weinberg「Realizing the Potential Gains of AI-Enabled Deliberative Democracy」(カーネギー国際平和財団、2026-05)— https://carnegieendowment.org/research/2026/05/realizing-the-potential-gains-of-ai-enabled-deliberative-democracy
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