Plurality の地図

安野貴博の 2024 年都知事選ってなに?

2024 年 7 月の東京都知事選で、AI エンジニアの安野貴博が、有権者の声を AI でまとめて地図にし、ネットで公開したマニフェストを選挙中に書き換え、AI の分身「AIあんの」に質問へ答えさせた選挙運動です。15 万 4,638 票で 5 位でした。

選挙運動といえば、候補者が街頭で演説し、有権者はそれを聞く、という一方通行の形が思い浮かびます。2024 年の東京都知事選で、ある候補者はこれを逆向きにも流れるようにしようとしました。候補者が有権者の声を聞き、その場で公約を直していく選挙です。

ひとことで言うと

2024 年 7 月の東京都知事選に、無所属・新人の AI エンジニア、安野貴博(あんの・たかひろ)が立候補しました。安野は、候補者の考えを一方的に伝える選挙から、有権者の意見を聞く選挙に変えようとしました[1][2][3]。

具体的には三つのことをしました。有権者の意見を AI でまとめて地図のように見せること。誰でも直せるようにネットで公開したマニフェスト(公約集)を、選挙中に書き換えること。そして、AI の分身「AIあんの」に 24 時間質問へ答えさせることです[3][4][5]。結果は 15 万 4,638 票で、5 位でした[4]。

たとえば

匿名の意見箱から、所得制限の撤廃へ。 陣営は、匿名の意見箱への投稿から抽出した 951 件の意見を Talk to the City(大量の意見を AI で整理して図にする道具)で散布図にしました。すると、子育て支援の所得制限をなくしてほしいという声のまとまりが見つかりました。政策チームが予算を検討したうえで、マニフェストを ver1.0 から ver2.0 に更新するときに反映しました。この変更は GitHub 上の変更提案 #221 として公開されています[3][4]。

GitHub でマニフェストを直す。 2024 年 6 月 20 日、陣営はマニフェストの詳細版を公開しました。GitHub(ギットハブ)はソフトウェア開発で使う道具で、文書への「課題提起(Issue)」と「変更提案(Pull Request)」を誰でも出せます。陣営はこれでマニフェストへの提案を受け付けました。取り込むかどうかの最終判断は、安野本人がしました[2][4]。

AIあんの。 安野の政策を覚えさせた AI のアバター(分身)です。YouTube のライブ配信で、コメント欄の質問に音声で答えました。のちに電話でも質問できるようになりました[3][4]。

くわしく

始まりは Plurality の本から

西尾泰和の記録によると、安野は 2024 年 5 月 13 日、Plurality 日本語化プロジェクトのリーダーだった西尾に、Plurality について聞きたいと連絡しました。西尾は安野を、Code for Japan の関治之に紹介しました。5 月 23 日の三人の打ち合わせで、関が Talk to the City を紹介しました。西尾は 5 月 30 日に、AI に関するパブリックコメント約 2 万件でこの道具を試しています[3]。

安野は出馬会見で、立候補にあたって台湾のオードリー・タンに相談し、自分のやり方を気に入っているという言葉をもらったと述べました[1]。タン自身も 2024 年 8 月のコラムで、本の「拡張熟議」の考えに共鳴した安野が、タンとオンラインで話したあとに出馬を決めた、と書いています[6]。

「聴く・磨く・伝える」のサイクル

安野はこの選挙運動を、三つの仕組みが回り続けるものとして説明しました[4][7]。

  1. 聴く — 街頭演説(計 56 か所)や施設訪問に加え、X のハッシュタグ「#TOKYOAI」、Google フォームの匿名意見箱、AIあんのへの質問、電話で声を集めました。それを Talk to the City で見える形にしました[4][3]。選挙期間中に作ったレポートは 30 件を超えました[3]。
  2. 磨く — GitHub でマニフェストへの提案を受け付けました。AI で誹謗中傷や不適切な画像を自動で消し、重なった議論を見つける仕組みも組み合わせました[4]。GitHub の置き場は、選挙運動の期限の 2024 年 7 月 6 日に凍結(アーカイブ)されました[8]。
  3. 伝える — マニフェストの更新はすぐウェブサイトに反映され、更新の中身は AI が記事にしました。AIあんのへの質問は、また「聴く」に戻る仕組みでした[4][3]。

数字は出典ごとに少しずつ違う

この選挙の数字は、資料によって食い違います。ここでは違いをそのまま並べます。

GitHub の提案。 課題提起は 232 件、変更提案は 104 件でした。このうち取り込まれた数について、スタッフの振り返り(2024 年 7 月 18 日)は 72 件としています。内訳は、取り込み 72・未対応 19・見送り 13 で、合わせて 104 です[9]。一方、安野本人の振り返り(7 月 16 日)は 85 件がマニフェストに反映されたと書き、書籍『Plurality』英語版の脚注も「85 were adopted」としています[4][10]。72 と 85 の差の理由は、どの資料にも書かれていません。なお、変更提案には陣営の技術チームや政策メンバーが出したものも含まれ、すべてが有権者からのものではありません[9]。

AIあんのが答えた数。 これも資料ごとに違います[4][7][10][3]。

つまずきと工夫

AIあんのは初日、配信用のパソコンでプログラムが動かず、予定の 19 時から 1 時間遅れて始まりました。その後も、メモリの不具合で止まることがありました。陣営はこの失敗の経緯を、振り返りの記事(ポストモーテム)として公開しました[11]。

Talk to the City では、1 人が書いた候補者名の書き間違いを、AI がまとめの見出しに使ってしまう誤りが見つかりました。そこで人間が確かめることにしたため、30 件以上のレポートのうち一般に公開できたのはごく一部でした[3]。

また、民間企業がマイナンバーカードの認証を使って独自に行った投票の実験のデータも、Polis と同じような方法で分析しました。けれども、質問を陣営が決められなかったため、選挙には生かせなかったと西尾は振り返っています[3]。

選挙のあと

陣営は選挙期間中の 7 月 4 日に、選挙のお金の帳簿を公開していました[12]。選挙後の 9 月 30 日には、AIあんの、マニフェストの置き場、ポスター掲示板の地図のプログラムを、みんなが使える「デジタル公共財」として公開しました[5]。

この経験は、その後の動きにつながりました。東京都の意見募集(シン東京2050 のブロードリスニング)、有志の集まり DD2030 と道具の 広聴AI、そして政党の チームみらい です。西尾は、公開前のレポートをチーム内で見せ合う手段や、日本語だけの画面が必要だった経験が、広聴AI を作るきっかけの一つになったと書いています[3]。

どこが議論になっているか

当事者の振り返り(安野本人と、技術面で支えた西尾)

外部からの批判

よくある誤解

Plurality の中での位置

書籍『Plurality』の 5-4 章「拡張熟議」は、この選挙運動を、選挙の場にも最先端の話し合いの方法が現れ始めた例として紹介しています。マニフェストの公開、いろいろな窓口での意見募集、Talk to the City での可視化、24 時間答える AI アバターを挙げ、「インタラクティブな形のブロードリスニング」を示した、と書いています[10][15]。日本語版の脚注は、約 15 万票(2.3%)は過去 22 回の都知事選で 30 代の候補として最多だった、としています[15]。

タンは 2025 年 12 月の講演で、安野を「《多元宇宙》這本書的讀者」(『Plurality』の読者)と呼び、本を読んで出馬を決め、Pol.is や Talk to the City などの同じ道具を使った人として紹介しました[16]。

ブロードリスニングの本は、話し合いの場を通さずに政治家や行政が道具を直接使う型の、政治家の側の代表例としてこの選挙を挙げています[17][18]。型の説明は ブロードリスニング の記事へ。

もっと知りたい人へ

  1. 書籍『Plurality』5-4「拡張熟議」(日本語・本)— https://www.plurality.net/v/chapters/5-4/jpn/
  2. 安野貴博の振り返り「15万票」(日本語・記事)— https://note.com/takahiroanno/n/n3fce136f9003
  3. オードリー・タンのコラム「AI stirs political waves in Tokyo」(英語・コラム)— https://github.com/audreyt/transcript/blob/main/2024-08-08-BW-Column-AI-Stirs-Political-Waves-In-Tokyo.md
  4. ブロードリスニング本「2024年 東京都知事選 安野貴博の取り組み」(日本語・本、英訳あり)— https://github.com/digitaldemocracy2030/broad-listening-book/blob/f69c60c838a91b91668abf109d7093b240610139/04_01_%E5%AE%89%E9%87%8E%E8%B2%B4%E5%8D%9A%E3%81%AE%E5%8F%96%E3%82%8A%E7%B5%84%E3%81%BF.md
  5. AIあんのの障害の振り返り(日本語・記事)— https://note.com/annotakahiro24/n/n935287ed888b
  6. 東浩紀「AIの力で民主主義はアップデートできるのか?」(日本語・記事)— https://wedge.ismedia.jp/articles/-/35528

出典

  1. 安野貴博「都知事選 出馬表明会見 全文」(会見は 2024-06-06、note の公開は 06-07)— https://note.com/takahiroanno/n/nead5c2e2454b
  2. 安野貴博「参加型マニフェスト」公開の告知(2024-06-20)— https://note.com/takahiroanno/n/n38a34f107867
  3. ブロードリスニング本 4.1「2024年 東京都知事選 安野貴博の取り組み」(西尾泰和)— https://github.com/digitaldemocracy2030/broad-listening-book/blob/f69c60c838a91b91668abf109d7093b240610139/04_01_%E5%AE%89%E9%87%8E%E8%B2%B4%E5%8D%9A%E3%81%AE%E5%8F%96%E3%82%8A%E7%B5%84%E3%81%BF.md [CC BY-NC 4.0]
  4. 安野貴博「15万票」の振り返り(2024-07-16)— https://note.com/takahiroanno/n/n3fce136f9003
  5. 選挙で使ったソースコードの公開(2024-09-30)— https://note.com/takahiroanno/n/nf0bc57572dd7
  6. オードリー・タン「AI Stirs Political Waves in Tokyo」(Business Weekly コラム、2024-08-08)— https://github.com/audreyt/transcript/blob/main/2024-08-08-BW-Column-AI-Stirs-Political-Waves-In-Tokyo.md (中国語版 https://sayit.archive.tw/2024-08-08-%E5%95%86%E5%91%A8%E5%B0%88%E6%AC%84%E7%94%A8-ai-%E6%8E%80%E8%B5%B7%E6%94%BF%E6%B2%BB%E6%BC%A3%E6%BC%AA ) [CC0]
  7. ITmedia AI+ の記事(2024-07-22)— https://www.itmedia.co.jp/aiplus/articles/2407/22/news033.html
  8. マニフェストのリポジトリ README — https://github.com/takahiroanno2024/election2024
  9. GitHub 政策リポジトリの振り返り(2024-07-18)— https://note.com/annotakahiro24/n/nef45fab195ea
  10. 『Plurality』5-4「Augmented Deliberation」本文と脚注 — https://www.plurality.net/v/chapters/5-4/eng/ [CC0]
  11. AIあんののポストモーテム — https://note.com/annotakahiro24/n/n935287ed888b
  12. 選挙帳簿の公開(2024-07-04)— https://note.com/annotakahiro24/n/nccb82392e3f3
  13. ゲンロンカフェ イベントページ(2024-09-18)— https://genron-cafe.jp/event/20240918/
  14. 東浩紀「AIの力で民主主義はアップデートできるのか?」(Wedge、2024-10-30)— https://wedge.ismedia.jp/articles/-/35528
  15. 『Plurality』日本語版 5-4「拡張熟議」本文と脚注 — https://www.plurality.net/v/chapters/5-4/jpn/ [CC0]
  16. 唐鳳「正命講座」(2025-12-04、中国語の逐語録)— https://sayit.archive.tw/2025-12-04-%E6%AD%A3%E5%91%BD%E8%AC%9B%E5%BA%A7 [CC0]
  17. ブロードリスニング本 第 1 章「ブロードリスニングとは何か?」— https://github.com/digitaldemocracy2030/broad-listening-book/blob/f69c60c838a91b91668abf109d7093b240610139/01_%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B%EF%BC%9F.md [CC BY-NC 4.0]
  18. ブロードリスニング本 第 3 章「デジタル民主主義とブロードリスニング」— https://github.com/digitaldemocracy2030/broad-listening-book/blob/f69c60c838a91b91668abf109d7093b240610139/03_%E3%83%87%E3%82%B8%E3%82%BF%E3%83%AB%E6%B0%91%E4%B8%BB%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E3%81%A8%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%80%81%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%84%E6%B0%91%E6%84%8F%E3%81%AE%E5%B1%8A%E3%81%91%E6%96%B9.md [CC BY-NC 4.0]

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