⿻ クレジット(プルラルクレジット)ってなに?
大勢で一冊の本を書くとき、誰がどれだけ関わったかをどう記録するでしょうか。そして、次にどの章を直すかを誰が決めるのでしょうか。書籍『Plurality』は、この二つを一つの「点数」でまとめて扱う実験をしました。それが ⿻ クレジット(Plural credits、プルラルクレジット)です。
ひとことで言うと
⿻ クレジットは、書籍『Plurality』の本づくりに貢献した人がもらう点数です。お金には換えられず、人に売ることもできない、と設計されました[1]。
この点数には二つの役割があります。一つは「誰がどれだけ本を作ったか」の公式な記録です。もう一つは、本の課題の優先順位や、寄稿を採用するかどうかを決める投票に使う票です[1][2]。
たとえば
本の巻頭の「クレジット」ページ。 本の貢献者一覧は、この点数の台帳から作られました。一覧の前書きは、⿻ credits を「貢献を追跡するために使ったコミュニティ通貨」と説明しています。各分野の中の並び順と文字の大きさは、2024 年 4 月初めの保有量を表します。表紙に使った貢献者の合成画像にも、同じ重みを使いました[3]。データでは、執筆・編集・技術・翻訳など 9 分野に 66 人が並んでいます[4]。
西尾への発行(2024 年 3 月 2 日)。 日本の参加者の西尾泰和は、著者のグレン・ワイル(E. Glen Weyl)が GitHub 上で西尾に 160,000 クレジットを発行すると書き、ボット(自動プログラム)がそれを記録した様子を残しています。西尾は、お金ではなく貢献と引き換えに持ち分を受け取る、会社の増資のようなものだ、という趣旨の感想を書きました[5]。
翻訳者への配り方(2024 年 4 月)。 翻訳のコミュニティでは、全体の 9.5% の点数を翻訳者に配る提案が出ました。西尾は日本語チームについて、専任の翻訳者(山形浩生)に 9 割、コミュニティのリーダーに 1 割を割り当て、そこから役に立った人へ贈っていく方法を提案しました。これは 液体民主主義(票を信頼する人に預けられる仕組み)に似た考え方です。ワイルは、コミュニティの承認を経れば点数を移せると答えました。避けたいのは、敵対的な人が大金を払って点数を買い取るようなことだ、という趣旨です[6]。
しくみ
どんな性質の点数か
本の運営についての説明(2024 年 2 月 26 日、GitHub の issue #333)によれば、⿻ クレジットは貢献を正式に認めるための印です。数で表し、分けることもできます。ただし個人の間では譲れず、したがって売れません。直接のお金の価値もありません[1]。
設計の目標の一つは、点数が投機やお金の取引の対象になり、外のものと交換できるようになるのを避けることでした[1]。いずれ「執筆」「デザイン」「技術」といった貢献の種類を示す印も加える予定でした[1]。
もらうと何ができるか
同じ説明は、点数を持つと得られるものを三つ挙げています[1]。
- 承認 — 保有の台帳が、本に誰がどれだけ貢献したかの決定版の記録になります。
- 統治の権利 — 本の作業の優先順位や、どの寄稿を採用するかを決める投票に使えます。採否は、次に誰が点数を受け取るかも決めます。
- 資源 — 本のドメインのメールアドレスや、GitHub の有料版のクーポンなどです。
どう増え、どう使うか
本の運営ルール PMP の下では、優先度の高い課題を片づけると、その度合いに応じた報酬として点数を得ます。寄稿が採用されるかどうかの予想が当たったときにも得られます[1][7]。
使い道は二つです。課題の優先度を上げる投票には クアドラティック・ファンディング 型の方式を使います。寄稿の採否を決める投票には クアドラティック投票 型の方式を使い、票を v 票入れるには v の 2 乗に比例した点数が要ります[1][7]。たとえば比例の係数が 1 なら、1 票は 1 点、2 票は 4 点、3 票は 9 点です。強い思いを示せますが、一人が票を積み上げるほど割高になります。
台帳は、はじめは表計算のシートで公開し、最終的には Gov4Git の記録に置く、とされました[1]。
呼び名がいろいろある
本の巻頭では「⿻ credits」です[3]。Gov4Git の告知メールでは「投票クレジット」と呼ばれ[8]、日本語のコミュニティでは「Voice Credit」や「PMPトークン」とも呼ばれました。西尾は 2024 年 12 月、PMPトークンを、Web3(ブロックチェーンを使うネットの仕組み)ではなく GitHub を置き場に使う運営用の点数だ、という趣旨で説明しています[9]。
実際の分布
2025 年 10 月時点の本のリポジトリの集計では、これまでの発行量は約 4,787 万クレジット、移転は約 1,213 万、焼却(消去)は 0 でした。保有量の上位はワイル(約 1,414 万)とオードリー・タンのアカウント(約 1,162 万)で、二人の合計は発行量の半分を超えます[10]。
どこが議論になっているか
- 「譲れない」はどこまで本当か。 issue #333 は個人間の譲渡を認めないと書きます[1]。一方で、2025 年 10 月の集計には移転の記録があります[10]。後継の仕組み Waimea の文書は、管理者がアカウント間で点数を移せること、メンバーが他のメンバーから自発的に受け取れることを明記しています[11]。ワイル自身も、承認を経れば移せると説明していました[6]。
- 株式に近いのではないか。 Waimea の文書は、点数の総量をプロジェクトの価値を互いに評価し合う尺度とみなし、スタートアップが社員に渡す株式に似た「持ち分」だと書きます。プロジェクトが助成金などで実際のお金とつながったら、保有量に応じて報われるべきだ、とも書いています[11]。「直接のお金の価値は無い」とする issue #333 とは力点が違います[1]。
- 使うと減る発言力。 西尾は 2024 年 3 月の記録で、投票すると点数が減るので、貢献し続けて点数に余裕がある人だけが一人前の参加者でいられる、それは貴族制ではないか、という趣旨の疑問を書きました[8]。
- 台帳は正確か。 本の巻頭自身が、追跡の技術が実験的なので台帳に誤りがありうる、と断って詫びています[3]。
Plurality の中での位置
本の 5-0 章「協働テクノロジーと民主主義」は、貢献者が 4-1 章・4-3 章で説明したコミュニティ通貨やグループの ID トークンで認められ、それが課題の投票と優先順位づけに使われた、と書いています[2]。つまり本は、自分が提案する 商取引と信頼 や アイデンティティ の考え方を、本づくりで試したことになります。
イーサリアムの考案者ヴィタリック・ブテリン(Vitalik Buterin)は 2024 年 8 月のエッセイで、⿻ クレジットを、お金を使わない形のクアドラティック・ファンディングの実装だと紹介しました[12]。台帳は Gov4Git、使い方のルールは PMP の記事で説明しています。
もっと知りたい人へ
- 本の巻頭「Credits」(英語・本)— https://www.plurality.net/v/chapters/0-3/eng/
- 本の運営文書「Plural credits」(英語・文書)— https://github.com/pluralitybook/plurality/tree/main/docs
- pluralitybook issue #333(英語・文書)— https://github.com/pluralitybook/plurality/issues/333
- plurality-japanese「Voice Creditが発行された」(日本語・メモ)— https://scrapbox.io/plurality-japanese/Voice_Credit%E3%81%8C%E7%99%BA%E8%A1%8C%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F
- Waimea(英語・文書)— https://github.com/gov4git/gov4git/blob/9d680797696ac662a9515f1e33272ccdf55848c7/doc/WAIMEA.md
- Vitalik Buterin「Plurality philosophy in an incredibly oversized nutshell」(英語・記事)— https://vitalik.eth.limo/general/2024/08/21/plurality.html
出典
- pluralitybook issue #333(2024-02-26)— https://github.com/pluralitybook/plurality/issues/333 [CC0]
- 『Plurality』5-0「Collaborative Technology and Democracy」— https://www.plurality.net/v/chapters/5-0/eng/ [CC0]
- 『Plurality』0-3「Credits」— https://www.plurality.net/v/chapters/0-3/eng/ [CC0]
- credits.json(本のリポジトリ)— https://github.com/pluralitybook/plurality/blob/86158859464aee75633acd854c656928121a7fd8/scripts/credits.json [CC0]
- plurality-japanese「Voice Creditが発行された」— https://scrapbox.io/plurality-japanese/Voice_Credit%E3%81%8C%E7%99%BA%E8%A1%8C%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F
- plurality-japanese「翻訳者のためのトークン配布プランV2」(2024-04)— https://scrapbox.io/plurality-japanese/%E7%BF%BB%E8%A8%B3%E8%80%85%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%B3%E9%85%8D%E5%B8%83%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%B3V2
- Gov4Git の PMP 仕様 — https://github.com/gov4git/gov4git/blob/9d680797696ac662a9515f1e33272ccdf55848c7/doc/MECHANISM.md [MIT / Apache-2.0]
- plurality-japanese「The public launch of the Plurality Book Project -- using Gov4git」— https://scrapbox.io/plurality-japanese/The_public_launch_of_the_Plurality_Book_Project_--_using_Gov4git
- plurality-japanese「Plurality本に貢献するには」(2024-12)— https://scrapbox.io/plurality-japanese/Plurality%E6%9C%AC%E3%81%AB%E8%B2%A2%E7%8C%AE%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%AB%E3%81%AF
- pluralitybook issue #1094(Gov4Git ダッシュボード、2025-10)— https://github.com/pluralitybook/plurality/issues/1094
- Waimea — https://github.com/gov4git/gov4git/blob/9d680797696ac662a9515f1e33272ccdf55848c7/doc/WAIMEA.md [MIT / Apache-2.0]
- Vitalik Buterin「Plurality philosophy in an incredibly oversized nutshell」(2024-08-21)— https://vitalik.eth.limo/general/2024/08/21/plurality.html
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