Gov4Git(GitRules)ってなに?
数人で文書を作るなら、話し合えば決まります。けれども参加者が数百人、数千人になると、「誰の提案を先に取り上げるか」「誰の貢献をどう認めるか」を、その場の空気で決めるのは難しくなります。Gov4Git(ガバフォーギット)は、この「大勢でものを作るときの決め方」を、ソフトウェアの仕組みとして用意しようとした道具です。
ひとことで言うと
Gov4Git は、git(ギット、ファイルの変更履歴を記録・共有する仕組み。GitHub はその代表的なサービス)の上で、次のことを記録し、実行するオープンソース(誰でも使え、改良できる形で公開されたソフトウェア)の道具です[1][2]。
- 誰がコミュニティのメンバーか
- 誰がどれだけ「クレジット」(発言や投票に使える点数)を持っているか
- どの課題を優先し、どの寄稿を採用するか
記録を参加者みんなで写し持つ点はブロックチェーン(取引の記録を大勢で共有して改ざんを防ぐ仕組み)に似ています。ただし、お金の報酬で人を動かすのではなく、「参加したいから記録を写す」というオープンソースの動機に頼る点が違う、と説明されています[2]。2024 年に GitRules(ギットルールズ)と名前を変えました[3]。
たとえば
書籍『Plurality』づくり(2024 年)。 本は、大勢の寄稿者で書かれました。その運営ルール PMP を動かす土台が Gov4Git です。著者のグレン・ワイル(E. Glen Weyl、経済学者)は 2024 年 3 月 2 日、Gov4Git の公開版が動き出し、登録すればクレジットを渡す、と告知しました[4]。参加したい人は、GitHub で「このコミュニティに参加したい」という依頼(issue)が自動で作られ、管理者が承認する流れで加わりました[5]。
本の 5-0 章は、優先順位づけや承認、貢献の認定の記録が、「金銭的誘因ではなくオープンソースへの参加に基づく」プロトコル GitRules を通じて分散台帳に記録された、と書いています[6]。
日本の参加者の試行(2024 年 3 月)。 日本語の翻訳コミュニティ(plurality-japanese)では、参加者が自分で試験用の場(サンドボックス)を立て、管理者の役を試した記録があります。GitHub の「組織」アカウントが要ること、権限の設定でつまずいたこと、投票の結果が反映されるまで数時間かかったことが書かれています。その参加者は、ちょっとした決めごとにはまだ使いにくいとしつつ、数時間でゲームのお金のようなものを立ち上げられることには可能性を感じた、という感想を残しています[7]。
しくみ
始まり
2022 年 9 月 15 日、Protocol Labs が本のプロジェクトの技術パートナーになり、「Governance for Git」を作ると発表しました。統治(ガバナンス、集団の決め方)を、git に貢献する人たちが共有する手続きとして捉え、その履歴を改ざんできない形で git の履歴に埋め込む、という構想でした[8]。
白書(設計を説明する文書)によれば、本のプロジェクトは寄稿者が数百〜数千人になると見込まれていました。人が顔の見える関係を保てる上限とされる「ダンバー数」を超えるので、場当たりでない仕組みが要ったのです[9]。
なぜ必要なのか
2023 年 3 月の Microsoft Research の記事(ワイルら)は、オープンソースの世界には手軽で安全な統治の仕組みが無い、と指摘します。そのせいで多くのコミュニティが生まれず、大きく育たない、という主張です。生成 AI の普及で、協力者を装う悪意ある参加者が増える心配も挙げています[10]。
最初の試作の中心は二つでした。寄稿の優先順位を クアドラティック投票(多くの票を一つに注ぐほど割高になる投票法)で決めること。そして、投票に使うクレジットのような、コミュニティの中だけで通じる「通貨」です[10]。立ち上げた一人のリーダーが抱えきれなくなったコミュニティが、自分たちで続けていけるようにする、とも書いています[10]。
ブロックチェーンとの違い
白書によれば、Gov4Git の記録は一つのコミュニティ専用です。要求がぶつかったときは、そのコミュニティの統治ルールが裁きます。だから、公開ブロックチェーンのように電気代のかかる計算競争で勝者を決める必要がありません。小型のコンピューター(Raspberry Pi)や GitHub の無料の自動実行環境でも動く、と説明しています[9]。
白書は、公開ブロックチェーンは場所が知られているため、権威主義的な国家に狙って遮断されうる、という点も理由に挙げています[9]。開発者のペタル・マイムンコフ(Petar Maymounkov)は 2023 年のポッドキャストで、公開ブロックチェーンは世界規模で多くのアプリを高速に扱うために作られているが、一つのコミュニティの中で人が話し合って決める統治にはその機能の多くが要らないので、別の設計を選んだ、という趣旨を語りました[11]。
使い方と広がり
説明書(README)によれば、いつも必要なインフラは git の置き場所だけで、技術者でない人もデスクトップのアプリから使えます[1]。仕組みは PMP 専用ではなく、ほぼどんな決め方も載せられる土台で、その上で本が使ったのが PMP だ、と本のプロジェクトの説明は書いています[2]。
開発チーム自身も、開発計画の管理に Gov4Git を使っています[12]。芸術・文化のプラットフォーム Cube Commons や、地球科学のソフトウェア EarthSciML も採用しています[13]。
名前が変わった
Gov4Git は 2024 年 3 月に GitRules への改名を告知しました。日本語コミュニティの記録では、4 月 10 日には本の本文の「Gov4Git」がすべて「GitRules」に置き換わっていました。西尾泰和は、「旧 Gov4Git」とも書かれていないので、つながりが分からなくなる人がいそうだ、と記しています[3][5]。
どこが議論になっているか
- 参加の敷居が高い。 日本語のインストール手順のメモは、git に慣れていない人が気軽に試すには敷居が高い、と書いています。貢献するほど発言力が増える仕組みなので、特に発言したいわけではない人には参加の意味が薄いのでは、という疑問も記録されています[14]。
- 参加できない例。 2025 年 3 月、ある利用者は、GitHub の個人の ID と組織の名前が合わないためアプリから参加できない、と報告しました。ワイルは謝ったうえで、自分には解決策がわからず開発者に考えがあるかもしれない、という趣旨の返事をしています[15]。
- ブロックチェーンなのか、違うのか。 紹介文は「ブロックチェーンに似た」と書き、白書は「統治のブロックチェーン」と呼びます。ただし公開ブロックチェーンとは別物で、お金の誘因も、計算競争も使いません[2][9]。名前だけで同じものだと考えないよう注意が要ります。
Plurality の中での位置
本の 5-0 章「協働テクノロジーと民主主義」は、本そのものの作り方を説明する中で GitRules に触れています[6]。本の運営文書は、クレジットの台帳を全メンバーの git が写し持ち、食い違いは統治の手続きで解決する、と説明しています[16]。
Gov4Git は、本の運営ルール PMP を実行する土台であり、そこで配られる プルラルクレジット を記録する台帳です。ワイルは 2023 年 12 月のビデオメッセージで、参加者が参加の一部としてデータベースを自分から保つ点がブロックチェーンとの違いだ、という趣旨を語りました[17]。本を大勢で書く試みは、創造的な協働 の実例でもあります。
もっと知りたい人へ
- 本の運営文書「Gov4Git」(英語・文書)— https://github.com/pluralitybook/plurality/tree/main/docs
- Microsoft Research「Gov4git: A Decentralized Platform for Community Governance」(英語・記事)— https://www.microsoft.com/en-us/research/articles/gov4git-a-decentralized-platform-for-community-governance/
- Gov4Git の README(英語・文書)— https://github.com/gov4git/gov4git
- Governance for git 白書(英語・文書)— https://github.com/gov4git/doc
- MSR ポッドキャスト「Collaborators: Gov4git」(英語・音声)— https://www.microsoft.com/en-us/research/podcast/collaborators-gov4git-with-kasia-sitkiewicz-and-petar-maymounkov/
- plurality-japanese(日本語のメモ・試行記録)— https://scrapbox.io/plurality-japanese/
出典
- Gov4Git README — https://github.com/gov4git/gov4git [MIT / Apache-2.0]
- pluralitybook issue #333(Gov4Git と PMP の概要、2024-02-26)— https://github.com/pluralitybook/plurality/issues/333 [CC0]
- plurality-japanese「Gov4GitはGitRulesになりました」(2024-04-10)— https://scrapbox.io/plurality-japanese/Gov4Git%E3%81%AFGitRules%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F
- plurality-japanese「Gov4Gitパブリックプレビュー開始」(2024-03-02)— https://scrapbox.io/plurality-japanese/Gov4Git%E3%83%91%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC%E9%96%8B%E5%A7%8B
- plurality-japanese「Gov4git」— https://scrapbox.io/plurality-japanese/Gov4git
- 『Plurality』5-0「Collaborative Technology and Democracy」— https://www.plurality.net/v/chapters/5-0/eng/ [CC0]
- plurality-japanese「gov4gitの管理者として遊んでみる」(2024-03-06)— https://scrapbox.io/plurality-japanese/gov4git%E3%81%AE%E7%AE%A1%E7%90%86%E8%80%85%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E9%81%8A%E3%82%93%E3%81%A7%E3%81%BF%E3%82%8B
- Protocol Labs「Protocol Labs partners with the Plurality Book Project」(2022-09-15)— https://pl.xyz/blog/protocol-labs-and-plurality-book/
- Governance for git 白書 — https://github.com/gov4git/doc/blob/main/whitepaper/whitepaper.md
- Microsoft Research「Gov4git: A Decentralized Platform for Community Governance」(2023-03-19)— https://www.microsoft.com/en-us/research/articles/gov4git-a-decentralized-platform-for-community-governance/
- MSR ポッドキャスト「Collaborators: Gov4git」(2023-05-03)— https://www.microsoft.com/en-us/research/podcast/collaborators-gov4git-with-kasia-sitkiewicz-and-petar-maymounkov/
- gov4git/roadmap — https://github.com/gov4git/roadmap
- GitHub 上の採用例の検索 — https://github.com/search?q=label%3Agov4git%3Amanaged&type=issues [MIT]
- plurality-japanese「gov4gitのインストール方法」— https://scrapbox.io/plurality-japanese/gov4git%E3%81%AE%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%AB%E6%96%B9%E6%B3%95
- pluralitybook issue #1071(2025-03-14)— https://github.com/pluralitybook/plurality/issues/1071
- pluralitybook 運営文書「Gov4Git」— https://github.com/pluralitybook/plurality/tree/main/docs [CC0]
- Glen Weyl on Plurality Seoul(2023-12-02、ビデオメッセージ)— https://scrapbox.io/plurality-japanese/Glen%20Weyl%20on%20Plurality%20Seoul
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