未踏(IPA 未踏事業)ってなに?
日本で Plurality やデジタル民主主義に関わる人たちの経歴を見ていくと、「未踏」という言葉がよく出てきます。未踏は、とがった才能を持つ若いソフトウェアの作り手を国が見つけて育てる事業です。書籍『Plurality』そのものには出てきませんが、日本での広がりを理解するうえで、人のつながりの土台として欠かせない存在です。
ひとことで言うと
「未踏(みとう、MITOU)」は、経済産業省が所管する独立行政法人・情報処理推進機構(IPA)が、2000 年から行っている国の事業です。突出したソフトウェアの人材を見つけて育てます[1][2]。
特徴は、会社ではなく個人を選ぶことです。今の主な枠では 25 歳未満の若者が対象です。プロジェクトマネージャー(PM)と呼ばれる目利きが、育成の期間中ずっとつきそいます[3][4]。
日本で Plurality(技術で多様な人どうしの協働を支えようという考え方)や、AI で大勢の声を集めて整理する ブロードリスニング に関わる人の中にも、鈴木健・安野貴博・西尾泰和・関治之など、未踏の修了生が何人もいます(下の「たとえば」「人のつながりとしての未踏」を参照)。未踏の関係者が共同で編集する人物録「未踏名鑑」も、こうした人のつながりを記録しています[5]。
たとえば
鈴木健と PICSY(2002 年度)。 『なめらかな社会とその敵』の著者・鈴木健は、2002 年度の未踏で「伝播貨幣」のデモ用ソフトを作るテーマで採択されました。そして、すぐれた作り手として「天才プログラマー/スーパークリエータ」に認定されました[6][7]。IPA の資料は、この伝播投資貨幣(PICSY)を、価値が伝わっていく性質を持つ新しいお金の仕組みとして紹介しています[6]。PICSY は書籍『Plurality』でも脚注で紹介されています[8]。くわしくは なめらかな社会 の記事で扱います。
安野貴博(2015 年度)。 AI エンジニアの安野貴博は、2015 年度の未踏でスーパークリエータに認定されました[9]。2024 年の東京都知事選でブロードリスニングを使うより、ずっと前のことです。
都知事選のブロードリスニングは、未踏ジュニアの縁から。 ブロードリスニングの本(4.1 節)で西尾泰和はこう書いています。西尾と安野は、子ども向けの「未踏ジュニア」のメンター仲間として顔見知りでした。2023 年 4 月のイベント「Plurality Tokyo」の発起人の一人が未踏ジュニアの修了生だったため、未踏ジュニアの仲間うちでは 2023 年から Plurality が話題になっていました[10]。
2024 年 5 月、安野が西尾に Plurality について連絡しました。西尾が安野を関治之に紹介し、その場で関が意見整理の道具 Talk to the City を紹介したことから、選挙での利用が始まりました[10]。この経緯は 安野貴博の 2024 年都知事選 の記事でも扱います。
くわしく
なぜ「個人」を選ぶのか
2000 年 7 月の最初の募集要項は、独創的な個人や数名のグループを「スーパークリエータ」として見つけることを目的に掲げました。既存の組織の中にはその卵が埋もれている可能性が高い、とも書いています。企業などの組織としての応募は受け付けませんでした[11]。
立ち上げに関わった竹内郁雄 PM は、1990 年代に IPA の当時の技術センター所長が、日本にもスーパーハッカーを生む仕掛けを、と提言したのが始まりだと振り返っています。支援の対象を企業から個人に移したのです[12]。竹内の 2002 年の論文の題は「組織力から個人の才能へ」でした[13]。
PM 制度
未踏では、採るかどうかを委員会の話し合いではなく、PM 一人ひとりの判断に任せます。西尾泰和は、この「個人のクリエータへの支援」と「PM 制度」の二つが未踏の肝だ、とまとめています[4]。
今の IPA の説明では、スーパークリエータの認定の基準は「新規性(未踏性)」「開発能力」「将来の可能性」です。それをもとに、各 PM が独自の基準を決めます[14]。
事業の移り変わり
2002 年、若手向けの「未踏ユース」ができました。竹内 PM は、すそ野を広げて将来のスーパークリエータの予備軍を見つけるためだ、という趣旨を書いています[15]。2008 年度には、若い人材の発掘と育成に力を絞った「未踏IT人材発掘・育成事業」に組み替えられました[1]。
2010 年 12 月には、国の事業を見直す「事業仕分け」で「不要」と評価され、続けられるか危ぶまれたこともあります[16]。2014 年には、修了生を中心に一般社団法人未踏ができました[17]。
未踏ジュニア
2016 年、未踏の修了生たちが、17 歳以下の子ども向けに「未踏ジュニア」を始めました。英語版の公式ページは、創設者として鵜飼佑・荒川淳平・西尾泰和・安川要平・鈴木遼の名前を挙げています[17]。約 6 か月の助言(メンタリング)と開発資金を提供し、2016 年から 1,003 件の応募があり、154 人を採択してきました[17][18]。
人のつながりとしての未踏
西尾は 2011 年に「ネットワーク形成システムとしての未踏」という文章を書いています[19]。Plurality の周りでは、ほかにも次の人が IPA の採択一覧で確認できます。
- 西尾泰和 — 2002 年度 未踏ユース(スーパークリエータ)[20]
- 中山心太 — 2006 年度下期 未踏ユース[21]
- 関治之 — 2009 年度下期 未踏[22]
- 青山柊太朗 — 2020 年度 未踏IT[23]
どこが議論になっているか
- タンやワイルは未踏と関係があるのか。 オードリー・タンやグレン・ワイルが未踏の行事に登壇・参加したという記録は、ここで扱った資料には出てきません。つながりは間接的で、たとえば Plurality Tokyo 2023(未踏の行事ではありません)の実行委員に関治之がいたことなどです[24]。
- 「未踏で作って終わり?」という問い。 2023 年 4 月、Plurality Tokyo の運営に関わった高木俊輔は X で、鈴木健は PICSY のあと社会で実際に使える形にしたのか、なぜ Plurality の場にいないのか、と批判しました。その数時間後、仲直りしたと投稿しています[25]。
- 国の事業として続けるべきか。 2010 年の事業仕分けでは「不要」と評価され、続けられるか危ぶまれました[16]。
Plurality の中での位置
書籍『Plurality』には、未踏は出てきません。本とのつながりは人を通じたものです。鈴木健の PICSY(本の 5-7 章の脚注)と分人民主主義(5-6 章の脚注)、そして 3-3 章の「なめらかな社会」の節がその例です[8][26]。
日本での実践の担い手にも、未踏の修了生や関係者がいます。たとえば、2024 年の都知事選でブロードリスニングを使った安野貴博(2015 年度)や、その導入の橋渡しをした西尾泰和(2002 年度 未踏ユース)です[9][10][20]。
西尾は、未踏は「個人の力を生かすこと」を重んじ、自分から動くことを良しとする文化を持つ、と説明しています[4]。これは未踏についての西尾の見方で、Plurality の理念と直接結びつけて論じたものではありません。日本での広がりの全体は 日本での Plurality の広がり の記事にまとめています。
もっと知りたい人へ
- IPA「未踏事業について」(日本語・公式ページ)— https://www.ipa.go.jp/jinzai/mitou/about.html
- 未踏ジュニアについて(日本語・公式ページ)— https://jr.mitou.org/about
- 西尾泰和「未踏は自発性を重視する」(日本語・メモ)— https://scrapbox.io/nishio/未踏は自発性を重視する
- ブロードリスニング本 4.1「安野貴博の取り組み」(日本語・本)— https://broadlisteningbook.com/
- 竹内郁雄「未踏事業11年の軌跡」(日本語・論文)— https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssst/28/4/28_4_4_3/_article/-char/ja
- 西尾泰和「ネットワーク形成システムとしての未踏」(日本語・寄稿)— https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/records/78358
出典
- IPA「未踏事業について」— https://www.ipa.go.jp/jinzai/mitou/about.html
- 一般社団法人未踏 — https://www.mitou.org/
- IPA「未踏IT人材発掘・育成事業について」— https://www.ipa.go.jp/jinzai/mitou/it/about.html
- 西尾泰和「未踏は自発性を重視する」— https://scrapbox.io/nishio/未踏は自発性を重視する
- 未踏名鑑(未踏の関係者による共同編集の人物録。IPA の公式資料ではありません)— https://scrapbox.io/mitou-meikan/
- IPA 2002 年度 未踏 スーパークリエータ資料(鈴木健)— https://www.ipa.go.jp/jinzai/mitou/it/qv6pgp000000js0d-att/000050657.pdf
- IPA 2002 年度 未踏 公募結果 — https://www.ipa.go.jp/jinzai/mitou/esp/2002/2002-hontai-koubokekka.html
- 『Plurality』5-7「Social Markets」— https://www.plurality.net/v/chapters/5-7/eng/ [CC0]
- IPA 2015 年度 スーパークリエータ資料(安野貴博)— https://www.ipa.go.jp/jinzai/mitou/it/qv6pgp000000ie9y-att/000053039.pdf
- ブロードリスニング本 4.1「安野貴博の取り組み」— https://broadlisteningbook.com/ [CC BY-NC 4.0]
- 未踏ソフトウェア創造事業 公募要領(2000 年 7 月)— https://web.archive.org/web/20030724135758/http://www.ipa.go.jp:80/NBP/12nendo/12mito/downrord/12MitoKoubo.pdf
- 竹内郁雄「未踏事業11年の軌跡」(2011)— https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssst/28/4/28_4_4_3/_article/-char/ja
- 竹内郁雄「組織力から個人の才能へ」(情報処理、2002)— https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/records/64690
- IPA「スーパークリエータとは」— https://www.ipa.go.jp/jinzai/mitou/it/qv6pgp0000002gvb-att/about_mitou_supercreator.pdf
- IPA 2002 年度 未踏ユース PM 総括(竹内郁雄、Wayback Machine)— https://web.archive.org/web/20030804073918/http://www.ipa.go.jp:80/NBP/14nendo/14youth/1-pm.htm
- コンピュータソフトウェア 2011 年 特集の序文 — https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssst/28/4/28_4_4_2/_article/-char/ja
- Mitou Foundation(英語版)— https://www.mitou.org/index_en.html
- 未踏ジュニアについて — https://jr.mitou.org/about
- 西尾泰和「ネットワーク形成システムとしての未踏」(情報処理、2011)— https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/records/78358
- IPA 2002 年度 未踏ユース スーパークリエータ資料 — https://www.ipa.go.jp/jinzai/mitou/it/qv6pgp000000js0d-att/000050656.pdf
- IPA 2006 年度下期 未踏ユース 公募結果 — https://www.ipa.go.jp/jinzai/mitou/esp/2006/2006-2-youth-koubokekka.html
- IPA 2009 年度下期 未踏 公募結果 — https://www.ipa.go.jp/jinzai/mitou/it/2009/2009-2-hontai/koubokekka.html
- IPA 2020 年度 未踏IT 概要 — https://www.ipa.go.jp/jinzai/mitou/it/2020/gaiyou_in-1.html
- 未踏名鑑「Plurality Tokyo 2023」— https://scrapbox.io/mitou-meikan/Plurality_Tokyo_2023
- 西尾泰和「tkgshnの鈴木健批判と和解」— https://scrapbox.io/nishio/tkgshnの鈴木健批判と和解
- 『Plurality』3-3「The Lost Dao」— https://www.plurality.net/v/chapters/3-3/eng/ 、5-6「⿻ Voting」— https://www.plurality.net/v/chapters/5-6/eng/ [CC0]
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