没入型共有現実(ISR)ってなに?
「相手の立場になって考えなさい」とよく言われます。でも、自分と違う人生を頭だけで想像するのは難しいものです。もし、その人の目と耳と体で、しばらく暮らしてみることができたらどうでしょう。没入型共有現実(Immersive Shared Reality、略して ISR)は、そうした体験を技術で可能にし、人どうしの理解を深めようとする考え方です。
ひとことで言うと
没入型共有現実は、VR(仮想現実)・AR(拡張現実)・MR(複合現実)を使って、離れた場所にいる人どうしが同じ仮想の空間に入り、多くの感覚で体験を一緒にすることです[1][2]。
- VR は、ゴーグルをつけて、まるごと作られた世界に入る技術です。
- AR は、現実の景色にデジタルの映像を重ねる技術です。
- MR は、その二つを混ぜ合わせたものです。
書籍『⿻ Plurality』は、ISR を、他人の立場を体で体験して、共感と共同体を育てる道具として描きます[1]。
たとえば
『1000 Cut Journey』。 米国のコロンビア大学のコートニー・コグバーン(Courtney Cogburn)らがつくった VR の作品です。参加する人は、黒人男性マイケル・スターリングの目・耳・体で、日々の小さな人種差別が積み重なって絶望に至る人生を体験します。本はこれを 5-2 章の冒頭に置いています[3]。
『Becoming Homeless』。 スタンフォード大学の、VR で共感を研究する取り組みの作品です。家財を売り、家を失い、尊厳・安全・健康を次々に失っていく過程を体験します[3]。
警察と市民の「Portals Policing Project」。 警察とかかわった人々の体験を、管理されているけれど現実に近い仮想の部屋で共有する試みです。両方の側の理解と信頼を高めることをねらっています[4]。
ホログラムで出席するタン。 本は、遠くの参加者が等身大の立体映像(ホログラム)として会議に現れる「ハイブリッド現実」を、著者の一人がよく使う方法として挙げます[4]。オードリー・タン(唐鳳)は 2018 年、グレン・ワイルに翌年の米国での会議に誘われたとき、遠隔操作のロボットやホログラムで出席する方法がある、と答えています[5]。
くわしく
ポスト表象コミュニケーションとの違い
本によれば、ISR は、ポスト表象コミュニケーション(記号を通さずに感覚そのものを分かち合う伝え合い)ほど個人的でも、感覚として濃くもありません。そのかわり、より多くの人に向けた「広いキャンバス」です。強さでは劣っても、意味があって心に響くつながりを生む、と本は書きます[1]。
イーサリアムの創始者ヴィタリック・ブテリン(Vitalik Buterin)は書評で、ISR を、「VR」や「メタバース」と呼ばれるものを含みつつ、それより広いもの、とまとめています。ポスト表象コミュニケーションと、ふつうの会話のあいだに位置する、という整理です[6]。
「一緒にいる」ことは、昔からいちばん意味深い
宗教の儀式、パーティー、政治の集会、コンサート。多くの感覚で「一緒にその場にいる」ことは、昔から人にとってもっとも意味深い体験の一つです。本は、この「共にいること」を ISR の出発点にします[7]。
今日の使い道として、本は VR での集まり、大人数のオンラインゲーム、オンラインの礼拝、仮想の音楽フェス、e スポーツ、仮想の観光、没入型のアートなどを挙げています[7]。
明日の ISR
本は、これからの姿をいくつも描きます[4]。
- 目と耳に加えて、触覚・嗅覚・味覚まで伝える。
- 気持ちを伝え合う。
- 地域の人が仮想の公会堂で議論し、決める「市民の空間」。
- 没入型の学習や、文化をまたぐ交流。
- 熱帯雨林の木になって、森が切り倒されるのを体験する VR 作品『Tree』のような、気候を体で知る体験。
- VR を使った心の治療。
さらに先の「フロンティア」として、夢の共有、未来や過去のシミュレーション、みんなで一緒に設計する仮想のデザインスタジオ、みんなの記憶を集めた「記憶の宮殿」なども描いています[8]。
由来
本の 3-3 章は、ジャロン・ラニアー(Jaron Lanier)が、触覚や体の内側の感覚でしか表せない体験を深く分かち合いたいと考え、1980 年代の研究と起業を通じて「仮想現実」の分野を育てた、と書きます。手の動きを読み取る手袋から最新のゴーグルまで、VR は利用者とのやりとりの革新の源であり続けている、と本は言います[9]。
台湾では、タンが 2018 年に、意見を集めるツール Polis は、対面の話し合いより伝わる情報量(帯域)がずっと少ない、と述べました。そして、AR や VR の中で、つくられた人格がグループの顔として語ることで情報量を足す「Holopolis」という構想を紹介しています[10]。
どこが議論になっているか
- SF の暗い未来にならないか。 本自身が、小説『スノウ・クラッシュ』や『レディ・プレイヤー 1』のような物語を戒めに挙げます。社会と環境が衰えると、人々が仮想の空間に逃げ込み、現実の世界での市民の参加を捨てて、衰えをさらに強める、という筋書きです[11]。
- 具体的な危険。 本が挙げるのは、仮想への逃避、心と体の健康への影響、使える人と使えない人の格差、企業による支配・監視・独占、そして ID や本物かどうかの問題です。アクセスは、ネットへの接続と同じく人権として扱うべきだ、と本は書きます[11]。→ デジタル公共インフラ・ID と人物性
- 「メタバース」への突進ではない。 本は、独占的で暗い「メタバース」への突進を防ぐには、ISR をほかの道具との関係の中で理解する必要がある、と書きます[11]。
- 没入か、物語か。 ブテリンは、似た議論をする別の本が、ゲームのような物語の共有と長く続くことを重んじるのに対して、『Plurality』は感覚への没入と短い体験に重きを置いている、と比べています。どちらがうまくいくかは、これからわかることだ、と見ています[6]。
Plurality の中での位置
本の第 5 部は、協働のかたちを 7 つ並べます。ISR はその 2 番目です。いちばん親密な ポスト表象コミュニケーション の次、クリエイティブな協働 の前に置かれています[2]。
仮想のデザインスタジオは、話し合いを助ける道具(拡張熟議)の方法と組み合わせる構想として描かれます[8]。仮想の公会堂も、地域のことを話し合い決める場として描かれます[4]。
本は、ISR の網が第 4 部「権利 OS」で強調した権利とつながり合う原則に沿って築かれ、みんなで治められなければ、「かつてない鉄の独占の檻」になる、と書きます[11]。
5-5 章「適応型管理行政」は、ISR が、AI の中身の見えにくさを補い、判断を任せられる人どうしの信頼を築くかもしれない、と書いています[12]。
もっと知りたい人へ
- 書籍『Plurality』5-2「没入型共有現実(ISR)」(日本語・本)— https://www.plurality.net/v/chapters/5-2/jpn/
- Vitalik Buterin「Plurality philosophy in an incredibly oversized nutshell」の「Brain-to-brain communication and virtual reality」の節(英語・書評)— https://vitalik.eth.limo/general/2024/08/21/plurality.html
- 書籍『Plurality』5-2「Immersive Shared Reality」(英語・本)— https://www.plurality.net/v/chapters/5-2/eng/
- 書籍『Plurality』3-3「The Lost Dao」(英語・本)— https://www.plurality.net/v/chapters/3-3/eng/
- タンと Tom Atlee・Colin Megill の対話(英語・対話の記録、2018)— https://github.com/audreyt/transcript/blob/main/2018-04-06-Conversation-with-Tom-Atlee-and-Colin-Megill.md
出典
- 『Plurality』5-2 冒頭の区切りの後の 2 段落 — https://www.plurality.net/v/chapters/5-2/eng/ [CC0]
- 『Plurality』各章の要約(Chapter 5-2)— https://github.com/pluralitybook/plurality/blob/86158859464aee75633acd854c656928121a7fd8/contents/english/8-blurb.md [CC0]
- 『Plurality』5-2 冒頭 2 段落 — https://www.plurality.net/v/chapters/5-2/eng/ [CC0]
- 『Plurality』5-2「Immersive shared reality tomorrow」の節 — https://www.plurality.net/v/chapters/5-2/eng/ [CC0]
- Audrey Tang「Meeting with Glen Weyl」(2018-11-21)— https://archive.tw/2018-11-21-meeting-with-glen-weyl [CC0]
- Vitalik Buterin「Plurality philosophy in an incredibly oversized nutshell」(2024-08-21)— https://vitalik.eth.limo/general/2024/08/21/plurality.html
- 『Plurality』5-2「Copresence today」の節 — https://www.plurality.net/v/chapters/5-2/eng/ [CC0]
- 『Plurality』5-2「Frontiers of immersive shared reality」の節 — https://www.plurality.net/v/chapters/5-2/eng/ [CC0]
- 『Plurality』3-3「The Lost Dao」(ラニアーの段落)— https://www.plurality.net/v/chapters/3-3/eng/ [CC0]
- Audrey Tang「Conversation with Tom Atlee and Colin Megill」(2018-04-06)— https://github.com/audreyt/transcript/blob/main/2018-04-06-Conversation-with-Tom-Atlee-and-Colin-Megill.md [CC0]
- 『Plurality』5-2「Limits of immersive shared reality」の節 — https://www.plurality.net/v/chapters/5-2/eng/ [CC0]
- 『Plurality』5-5「Limits of adaptive administration」の節 — https://www.plurality.net/v/chapters/5-5/eng/ [CC0]
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