2018-05-18 なんらかのコンテストに応募しようとしているクリエータに対して、手助けをしたいと思っているがどうアドバイスしたらよいかわからなくて困っている周囲の人向けの文章。 具体的には未踏ジュニアに応募しようとしている中学生と、それを周りで見ている大人をイメージしているけども、そういう状況に限らない話だと思う。 念のため: これは未踏ジュニアのPM陣を代表する意見ではなく、いちPMが106件の応募をふるい分けしながら思ったことを書いただけの文章である。審査基準などを表明したものではない。
タイプ1
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どんなタイプ?
- 具体性が乏しい
- 提案がクリエータ個人の経験に紐づいていない
- ニュースなどで耳にしたと思われる「抽象的な概念」のキーワードをつなぎ合わせてアイデアを作っている
- 極端な例「ディープラーニングとブロックチェーンを組み合わせて人工知能がVRでオリンピックにドローン!」
- 日本語の慣用表現では「地に足がついていない」がとてもフィットする表現
- 基本的には筋が悪い
- 既に流通している情報だけを元に、それを組み合わせて作ったものなので。
- こういう抽象的プロジェクトは挫折しがち
- こういうプロジェクトのつくり方をすると辛いということをもっと本人や周囲の人に理解して欲しい
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どうアドバイスすればよい?
- 掘り下げる=具体化する問いをする
- 「その人工知能って、具体的にはどういうもの?」
- 「それは具体的にはどうやってつくるの?」
- 「それをやると誰がどううれしいの?」
- 「あなたがそれをやる理由は何?」
- 「よし、じゃあ今からそれをやろう」って言えるところまで具体化されなければ、そのプロジェクトを前にすすめることはできない
- 掘り下げていった結果、今クリエータが持っている知識では具体化が進まない状態に陥る
- 次に必要なことは、それを具体化するための情報収集
- 最低限ググろう
- これをやってる過程で、クリエータが「思っていたよりも作業量が多いぞ」と気づくかもしれない。
- これこそ学び
- 最初の案はたたき台に過ぎないので、学びを踏まえた方針転換はどんどんやると良い
- この種の地に足のつかない提案を肯定的に評価された経験があると、泥臭い作業が必要なのが見えた段階でそれを避けてしまう危険がある
- 手軽に評価されるために「評価してくれる人のところで類似の提案をする」という行動に流れてしまう
- このやり方で成功体験を積み重ねると、具体性のない妄想を垂れ流す人に育ってしまう
- 掘り下げる=具体化する問いをする
タイプ2
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どんなタイプ?
- 自分の具体的な経験に基づいている
- 「学校でこんな困ったことがあった」「バイト先でこんな困ったことがあった」
- 経験した課題を解決しようとしている
- 具体的なニーズが見えていることには好感が持てる
- 地に足がついている
- タイプ1よりはだいぶ良い
- 一方で「小粒だ」という意見がある
- 「すごさ」が不足している
- 世の中にはタイプ1の提案と見比べて過小評価してしまう人も多い
- 「地に足がついているかどうか」を見極められない人には、ツリーの先端が高い方がすごいように見えてしまう
- 自分の具体的な経験に基づいている
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どうアドバイスする?
タイプ3
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どんなタイプ?
- 情報が整理されていない
- つながっていない
- 情報量がそもそも足りていない
- 考えを整理して他人に伝える力が足りていない
- これは長期的に重要な力なので鍛えてあげたい
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どうアドバイスする?
- 基本戦略: 質問することで情報量を増やす
- 出てきた情報は書き留めて忘れないようにする
- 1: まず抽象的概念は一旦保留する
- 抽象概念について質問してもそれを具体化できるだけの情報が足りていないので不毛な結果になりやすい
- 具体性の高いものにフォーカスして質問し、発展させる
- 2: 本人自身の具体的経験や、実際に触ったことのあるもの、にまずフォーカス
- 発展させる質問の例
- 「そのときどう思った?」
- 「そのとき何がどうなったらうれしかった?」
- 発展させる質問の例
- 3: まだ経験してないもの、作ってないもの、作ろうとしてるもの、などのうちなるべく具体的なものを選んで掘り下げる
- 例
- 「それは具体的にはどうやって作る?」
- 「それを作ろうと思ったきっかけになったような出来事がある?」
- 「何が起きると、それが可能になるだろう?」
- 「それが出来たら、次に何が起こるだろう?」
- 例
- 4: 十分な情報が書き出されたらそれを構造化する
- 「十分な情報」とは小さな付箋に短文やキーワードをメモしたものが50〜100件ぐらいのイメージ
- これを並べかえたりまとめたりして、話の構造を考える
- 「エンジニアの知的生産術」の5章に書いた: エンジニアの知的生産術 著者公式ページ
- この時、すべての付箋を使う必要はないけど、ひと段落付くまで付箋を捨ててはいけない。後から「あ、ここにあの付箋の話がつながるんじゃん!」と気づくことがあるから。捨ててしまうと「なんか関係のある話を書いた気がするけとな…捨ててしまったな…」となる。
- 結果的に1で保留した概念につながるかもしれない。つながらなくても良い。無理につなげようとしない方が良い。
- 2: 本人自身の具体的経験や、実際に触ったことのあるもの、にまずフォーカス
- 基本戦略: 質問することで情報量を増やす
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備考
- 質問した結果、技術的な用語やカタカナ語をまくし立てられて「理解できない」という気持ちになることもあるだろう
- ここで重要なのは「十分な情報を引き出し、それを構造化するように促す」こと
- 聞き手が技術用語を理解する必要はない
- 聞き手が理解できない技術用語は、高い確率で「保留すべき抽象概念」なので。
- わからない単語はとりあえず書き留めて、保留すれば良い。
- 話者がその概念をきちんと理解していたなら、その後の会話で必要に応じてもっと噛み砕いた説明が出てくる。
- 構造化することも、聞き手がやることではない
- 聞き手は、話し手のフォーカスが飛び飛びになりがちなのを、根気よく「具体的なもの」に引き寄せていく
- 地に足のついた情報が十分な量集まれば、構造はおのずと見えてくる、と僕は思ってるけど、こればかりは各自でやってみるしかないんじゃないかな
- 聞き手が技術用語を理解する必要はない
タイプ4
- どんなタイプ?
- すごく具体的で詳細、素晴らしい
- しかしこの計画、期限付きプロジェクトの期間内に完了しないのではないか?
- 見積りについて
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タスクに掛かる時間の見積りは難しい。
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「新しいことにチャレンジする」のだからさらに困難。
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プロでも難しいのだから、クリエータが正しく見積もれるはずがない。
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一方で、メンターも正しく見積もれる保証がない
- 知識がなければ100の時間がかかるところを、ある知識を発見すれば1で済む
- メンターも全知ではない
- 「それは難しい」って言うべきではない
- 期間内にできると思っているクリエータに対して「俺はできないと思う」と主張してもモチベーションを損ねるだけ
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なので「この計画が期間内に完了するかどうか」は論点ではない
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「一つの巨大なプロジェクト」ではなく「段階的に発展するプロジェクト」の方が好ましい、という指導をする
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- どうアドバイスする?
- 「まず最小限のデモをしよう」
- 「応募までに少しでも『見せられるもの』を作った方がいい」
- 「審査員にこのプロジェクトの価値を感じさせるために、一番手抜きな方法で何かを作るなら、何をやる?」
- このタイプの提案ができる人なら、自信を持たせてどんどん応募させるとよい
目的の抽象度と手法の抽象度
- ここまで目的の抽象度と手法の抽象度を分けて議論しなかった
- 目的が抽象的「なんで君がこれをやるの?」
- 手法が抽象的「どうやって実現するつもりなの?」
- 多くの人は「両方抽象的」「目的は具体的になったが、手法が抽象的」「両方具体的」という発展過程をたどる。
- 両方抽象的ならまずは目的を具体化する。
- 稀に「手法は明確だが、何のために作るの?」というタイプの人がいる
- 技術自体が楽しくてしょうがなくて独力でどんどん習得したタイプ
- こういうタイプは技術的な底力があるので本人の熱意と社会のニーズがマッチする課題に出会った時にすごい成果を出す
- 「どうしてこれをやりたいのか」という個人のモチベーションが具体的になってない応募は結構困る。
- 残念なことだけども世の中には「親が、先生が、部活の顧問がやれって言ったので出しました」みたいなケースがある
- 主体性がないと採択された後で採択者もメンターもお互い不幸
- あんまり周りが「出せ」って言うべきでない
- モチベーションは個人の経験に基づくものなのでこちらから提供することはできない
- 手法が具体的になっていないのは、技術的知識の不足が原因
- メンターは知識を与えることはできる
- だが、クリエータの教育的観点からは「知識を与えてプロジェクトを遂行させる」という経験では、知識を与えてもらえないとプロジェクトが遂行できない人に育ってしまうのではないか、という懸念がある
- 知識を自分で見つけ出して、自分で進んでいく人材を育てたい
- 自分で進んでいくのを横で眺めながら、つまずいたときに助け起こしたり、追い風をふかせたりするのが良いと思う
- なので応募時点で技術的知識を自分で調べている気配が見えないと「自分で学んでいくつもりはあるのかな?全部教えてもらえると思ってないかな?」という懸念が生じる。
2021年追記
タイプ5
- 実は手段が真の目的であるパターン
- 第三者からは一見「何をやるのか、なぜそれをやるのか」は具体的だがそれを実現する手段が具体的でないだけに見える
- たとえば「Xを実現したいです、そのために人工知能を使います」
- なので「その目的を達成するために、もっと具体的な方法を積み上げていこう」と指導する
- 2018年の段階では僕もそのつもりだった
- 2021年に初めて気が付いたが、この「手段」こそが真の目的であるケースがある
- 「人工知能を使ったソフトを作ってみたい、しかしやり方がわからないのでメンターに教えてもらおう」が本心
- よくわからないから記述が抽象的になる
- これに気づかずに「その方法じゃなくて、もっと具体的な方法でやろう」と指導をするとクリエータの真の目的をいきなり否定する形になってしまう
- クリエータは「本当にやりたかったこと」(人工知能)ができなくなってしまったからやる気が出ない
- しかし自分が「Xをやりたい」と言ったので今更「本当はXの実現に興味がない」とも言い出しづらい
- メンターは「本人がXをやりたいと言ったことなのになんでやる気なさげなんだろう?」となる
- 互いに不幸
- 「人工知能を使ったソフトを作ってみたい、しかしやり方がわからないのでメンターに教えてもらおう」が本心
- こういう提案になるのは、暗黙に「『人工知能をやりたい』という提案では採択されないだろう」と考えているからだろう
- これはケースバイケースなのだが、少なくとも西尾個人にそういう傾向があるのは否定できないだろう
- 真の目的を書くのは採択確率を下げるかもしれない。
- でも、真の目的ではない目的を書いて採択されても、採択者の真の目的が達成されることはないので提案者は不幸になる。
- メンターは、提案者の真の目的を見抜く努力をしなければならない
- 提案者は悪意なく、真の目的と表面上の目的がズレた提案をしうると覚悟しなければならない
- それを見抜けなかった場合にメンターとクリエータの両方が苦しむことになる
- これはメンターの罪である
- 真の目的を書かなかったクリエータのせいにしてはいけない