2023年4月、日本では総理大臣に対する爆弾テロが発生した。

共通して支持されている意見

まずは双方のグループから共通して支持されている意見に着目する。

  • 「なぜそんなことをしたの知ることと、そんなことをして良いか悪いかの議論は全く別次元」が91%から支持されている。
  • 「例えば暴力教師がなぜ暴力をふるったかを探求することは暴力を正当化することと同義」は反対が86%だ。
  • 90%が賛成した「テロによって初めてマジョリティに認識された問題があったのならば、テロ以外のルートでそのような課題を吸い上げられなかったか、仕組みを考えるべき」はネクストアクションを示唆している。
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    • テロの原因を究明しようとすることはテロを肯定することになる: No 85%
    • 望まない社会現象が起きていたら、その原因を探究して課題を設定するのは当然: Yes 85%
    • テロリストの動機を究明してはいけない: No 84%
    • 安倍元首相が亡くなったのだから宗教二世の問題に取り組むのは間違いだった: No 75%
    • 問題があるのなら、 遅まきでも直すべきでしょう: Yes 88%
    • テロによって初めてマジョリティに認識された問題があったのならば、テロ以外のルートでそのような課題を吸い上げられなかったか、 仕組みを考えるべき: Yes 90%
    • なぜそんなことをしたの知ることと、そんなことをして良いか悪いかの議論は全く別次元: Yes 91%
    • 「人はなぜ罪を犯すのか」 を集団の経験知として共有することは、犯罪者を適切に罰することと同じくらい共同体の安全にとって必要なことです。: Yes 89%
    • 例えば暴力教師がなぜ暴力をふるったかを探求することは暴力を正当化することと同義: No 86%
    • テロ事件に関しては秘密裁判もやむを得ない: No 80%

感想nishio.icon

  • 投票が終わった今の時点で、これらの全体から90%近い支持を集めている意見を見ると、まるでそれが最初から当たり前の意見だったように感じる。
  • でもそれは後知恵バイアスなのだと思う。

意見グループ間の意見の食い違い

次に二つの意見グループA/Bが何について食い違っているのかを見よう

  • 例: 原因や動機を究明して、それらをなくすことが、効果的にテロを減らす方法だ: A Yes 81% / B No 57%
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  • 詳細は下記にリストで掲載するが、そこから意味を読み取ることが大変なので、まずはGPT-4に「AとBの意見の違いを解説して」と伝えた結果を見てみよう
    • 簡潔な要約:
      • GPT-4.icon Aはテロリズムの根本原因に対処し、加害者と被害者双方の事情を考慮するアプローチを支持しています。一方、Bは国家権力の強化やテロリストの主張を無視することを重視し、民主主義を守る立場からテロリズムに対処する方法を支持しています。
    • GPT-4.iconAとBの意見の違いは、テロリズムに対するアプローチとその結果に対する評価に大きく関係しています。以下にそれぞれの意見の違いをまとめます。
      • 1: テロリズムの原因や動機の究明に関する考え方:
        • Aは、原因や動機を究明し解決することがテロリズムを効果的に減らす方法だと考えています。一方、Bはそれに反対し、原因や動機に向き合わず国家権力を強化する方が良いと主張しています。
      • 2: テロリズムへの対処方法に関する懸念:
        • Aは、テロの原因に向き合わないことが、第二、第三の事件を引き起こす可能性があると懸念しています。しかし、Bは、テロをきっかけに社会をよくすることを肯定すれば民主主義が暴力に負けると考えています。
      • 3: テロリストの主張や背景に対する評価:
        • Aは、加害者の事情も考慮すべきだと主張しています。一方で、Bは、テロを起こした人間の主張や背景を無視し、テロの原因を究明することはテロを肯定することになると主張しています。
      • 4: テロリズムのリスク評価:
        • Aは、旧統一教会問題の解決で低下できる今後のテロのリスクがあると考えていますが、Bは、テロを成功させたことで増える今後のテロのリスクの方が大きいと主張しています。
      • 5: 被害者の責任に関する見解:
        • Aは、テロをされた方にも原因があるかもしれないと考えているのに対し、Bは明確にそれを否定しています。
      • これらの違いから、Aはテロリズムの根本原因に対処し、加害者と被害者双方の事情を考慮するアプローチを支持していることが分かります。一方、Bは国家権力の強化やテロリストの主張を無視することを重視し、民主主義を守る立場からテロリズムに対処する方法を支持していると言えます。
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  • 原因や動機を究明して、それらをなくすことが、効果的にテロを減らす方法だ: A Yes 81% / B No 57%
  • テロの原因や動機に向き合わず、取り締まるための国家権力を強化するのは危ない: A Yes 83% / B No 52%
  • きっかけがテロであることを理由に問題解決に取り組まないのは、第二第三の事件を呼ぶ可能性がある: A Yes 91% / B No 43%
  • テロを起こした時点でその人間の主張や背景を一顧だにしない。そこから導き出される社会的アプローチなどない。: A No 87% / B Yes 58%
  • テロの原因を究明しようとすることはテロを肯定することになる: A No 96% Yes 1% / B No 59% Yes 25%
  • 旧統一教会問題の解決で低下できる今後のテロのリスクより、テロを成功させたことで増える今後のテロのリスクの方がずっと大きい: A No 44% / B Yes 79%
  • テロをきっかけに社会をよくすることを肯定したら民主主義が暴力に負けます: A No 51% / B Yes 80%
  • 加害者の事情も考えるべき: A Yes 48% / B No 78%
  • テロをされた方にも原因がある: A Pass 39% / B No 93%

感想nishio.icon

  • 意見の相違を要約することは、どのように要約しても「悪意を持って歪めた」と主張される可能性があるため、人間にとっては精神的負担が大きい
  • LLMを使うことによって手軽に意見の要約が得られる
    • しかしもちろんLLMが意見を歪めないことが前提だ
    • 一部の話題についてはLLMは意見を歪める。
    • これはAIが今の人類にとって倫理的に好ましくないことを発言しないように、と善意で調教していることが原因であり、「地獄への道は善意で舗装されている」の一例となる可能性を西尾は危惧しているけど、Polisの話とはあまり関係ないからこの話はここまでにしよう。
  • Polisの出力をGPT-4に与えるのに適した形にするのは少し手間だった。変換するプログラムを書いたり、Polisの側に手を加えたりすることで、よりよい接続ができるようになると思う
  • 今回、詳細レポートの「賛成、反対、パス、未投票」の値をここに要約して掲載する上で「賛成、反対、パス」の中で最も大きい値を掲載ようと考えた
    • ほとんどの場合はそれで良いが、少し例外ケースがあった
    • 「どちらのグループでも反対が多数派」のケースがあった
      • 例: テロの原因を究明しようとすることはテロを肯定することになる: A No 96% Yes 1% / B No 59% Yes 25%
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    • 片方ではパスが多数派、もう片方では93%がNo
      • 例: テロをされた方にも原因がある
        • A: Yes 25% No 34% Pass 39%
        • B: Yes 1% No 93% Pass 5%
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    • 文字で表現するとわかりにくいがグラフ表示ではそうでもない
      • テキスト形式の媒体でもうまくグラフ的表現をすると良いかもしれない
      • A: 🟩🟩🟩🟥🟥🟥⬜⬜⬜ v.s. B: 🟥🟥🟥🟥🟥🟥🟥🟥🟥🟥

意味の揺れに関する議論

今回の実験の過程で意味の揺れに関する興味深い議論があった。

序盤において意見グループはこのように可視化された

  • “テロの原因を究明しようとすることはテロを肯定することになる”
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  • 「テロを肯定してはいけない」にはほとんどの人が賛成していた。しかし、その「テロを肯定する」と「テロの原因を究明する」を同じだと考えるか違うと考えるかが意見グループによって異なっていた

この現象を観察した後での筆者のツイート

  • @nishio: …「単語の意味の曖昧さ」の問題がある。今回の事例だと明らかに「肯定」の意味が揺れてる。

  • で、今までは「単語の意味が食い違うことによって、合意形成不可能に陥ったりしないのかな」と思ってた。

  • …単語の意味とは点ではなく分布であって、同じ短文に対して賛成反対アクションをしてそれが世の中の意見と比べてどうであるのかを可視化されることを繰り返しているうちに、だんだん同じ分布に揃ってくるのではないか…

  • Polis上の意見は短文で表現される。これには読むコストが減るメリットがある。が、一方で言葉足らずであることによる解釈の揺れが発生するのではないかと懸念していた。
  • 実際には解釈の揺れ自体がPolisによって可視化され、揺れの少ないものが事後的に結晶化してくる。だから心配する必要はないのだなと気づいた。
    • 解釈が揺れたり意味がわからなかったりする意見は沈んで、マジョリティ意見の一覧にはみんなが合意したものが出てくるので、最初から気にする必要はない
    • そういう「質の悪い意見」も新しくきた人に投票対象として提示されてしまうのは問題: Polis設問増えすぎ問題
  • 「同じ単語でも人によって意味が異なる」ということに関して、筆者はコーチング技法の一種であるClean Languageの経験から観測事実として当然だと感じている。例えば「光」という単語に「暖かくてやさしい春の日の光」と快のイメージで使う人と「ステージの上で照らされる眩しい痛いスポットライト」という不快のイメージで使う人がいて、そのどちらであるかは事前に不可能なので予断を持って接してはいけない。

筆者がこの気づきを言語化した後で下記のやり取りがあった(detail log: 解釈の揺れに関する議論のログ on Polis:テロの原因究明)

  • H: 僕なんかは「テロをするような人間の論理を理解できる気が全くしない」派閥なんだけど、案外みんな寄り添えると思ってるんだな。。。
  • N: 「みんな寄り添えると思ってる」は根拠のない解釈だね(そういう内容の意見の投票はない)
  • H: これ見て中身を見るとAは概ね原因や動機を追求して解決できるとしているのだから、「みんな」が「原因や動機を理解=寄り添った」上で解決できると思っているということではないかね。
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  • N: 「原因や動機を理解=寄り添った」が解釈。多分Falseだよ。
  • H: 「寄り添った」という言葉が悪かったのだとしたら、僕の意図してることは「原因や動機を理解できること」ですね。
  • N: それは「理解する」の意味に揺れがあるだろうね。
  • H: 群衆の「理解する」に揺れがあったとして、
    • 1: polisは表層的な文字列のポジネガを総合してマッピングするから、意味論の揺れは表現しない気がする
    • 2: 表層表現で分類するという特性から、その表層の解釈がぶれているとすると、マッピングの意味がなくなってしまう気がする
  • N: 簡単な話で(2)の前提がTrueなんだよ。つまり、人々の言葉の用法はもちろんぶれている、だから「ある時点の分布のスナップショット」に「確実な意味」はない。今の揺れが観測可能なデータになることによって分布がアップデートされていく「改善のプロセス」に価値がある、ということ。

この議論の中で出てきた仮説もデータによって検証した

  • 「みんな寄り添えると思ってる」は根拠のない解釈だね

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    • テロをする人にも寄り添うことができる
      • 「みんな」が「寄り添える」と思っているわけではない、賛成は34%に過ぎない
  • 「原因や動機を理解=寄り添った」が解釈。多分Falseだよ。

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    • 「原因や動機を理解」とは「寄り添う」ということである: No 78%
  • H: 僕の意図してることは「原因や動機を理解できること」/ N: それは「理解する」の意味に揺れがあるだろうね。

    • これに関しては直接的に「理解とは何か」的な問いをしてもあまりうまくいかなさそうだなと思った
      • 「原因や動機」と一つにまとめてしまっているが、その二つの単語の意味は異なっているので、まとめることは焦点をぼやかすと思った
      • あまりはっきりとした結果が出ていないが整理しておく
    • 結果
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      • テロをするような人間の論理を理解できる気が全くしない: No 62%
      • そもそも他人を理解できるわけがない: Yes 53%
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      • テロをする人の動機を、我々は理解することができる: Yes 45%
      • テロが発生する原因を、我々は理解することができる: Yes 56%
    • つまり理解の対象と適度によって「理解できる」かどうかが異なる
      • テロをするような人間の論理: できる62%
        • これは元の意見に「全く」が入ってるので「少しはできる」と思った人が「できる」にカウントされている
      • テロが発生する原因: できる56%
      • テロをする人の動機: できる45%
      • 他人: できない53%
    • 断言するにはデータが足りないが、筆者の解釈としては下記:
      • 「他人の理解」は「他人の観測不能な内面の感情をわかること」と解釈して「できない」と考えた人が多数派
      • 「テロをする人の動機」は「できる」と考えた人の方ができないと考えた人より多いので、おそらく観測可能なテロのきっかけなどの意味に解釈している人が多い
      • 「テロが発生する原因」という記述になると、人に限定していないので、もっと「理解できる」と考える人が増える
      • 「テロの原因や動機を究明しよう」という発言を見て、その「原因や動機」として何をイメージするかが人によって異なっていて、その異なりによって「できるかどうか」の判断に差が出ている

参加者の獲得について

vTaiwanの事例では、政府が結果を政策に反映する旨のコミットメントをしたことが参加のインセンティブを生み出した。このインセンティブの作り方は誰にでもできるわけではない。 筆者はPlurality Tokyoで初めてPolisに触れて、興味を持ち、もっと体験機会を増やしたいと考えた。この場合に政府のコミットメントを引き出すのは遠回りになる。個人が作ることのできる別の形のインセンティブが必要だった。

今回の実験は、まず筆者のフレンドがSNS上で平行線の議論をしていることに気付いたところから始まった。双方とも頭がよく、感情的な罵倒ではない議論をしていたが、実りのある議論になっていないように感じられた。筆者はこれを機会と見た。この議論をきっかけとしてこのトピックに関するSNS上の議論を少したどり、それらを刻んだものをPolisのシード意見とした。

そして「Polis」という多くの人にとって未知の言葉を避けて、下記のようにTweetした。

@nishio: テロの原因究明についての議論を賛成側反対側それぞれ細分化して投票できるようにしました。投票するとあなたの意見がみんなの意見の分布のどの辺りにあるかわかります。 すべて投票すると、あなたの新しい意見を投稿することができます。 つまりこれは2種類のインセンティブを示している

  • 1: あなたの意見がみんなの意見の分布のどの辺りにあるかわかる
  • 2: 自分の意見を投稿し、他人の投票対象にできる

加えてPolisの意見に発言を使った人には「あなたの意見を使わせてもらった」というメンションを送った

  • あまりキッチリとは実行しなかった、一部の人に雑に送っただけ
  • しかし、これは思ったよりも有益かも知れない。なぜなら人は自分の意見に対して人が賛成しているか反対しているかを知りたいと思うからだ。3つ目のインセンティブになる
  • 個別のそれぞれのツイートに「このツイートを使わせてもらいました」とリプライする方が良いかも知れない

このようなアプローチは、Polisの運営を経験してみたい人には有用だろう。時事問題に対してSNS上で議論が盛り上がることはめずらしいことではない。 Polisの運営を経験する人が増えることで、多くの人がPolisに参加する経験をすることは、長期的に見て熟議する仕組みの普及に役立つだろうと思う。