from 独自の用語を造語する コミュニケーションに頻繁に造語を使う人
- 造語してそれを使う、哲学扱ってるコミュニティでそれをやってる人たまに見かけるな
- 当たり前のようにそれを使って来るのだけれど、調べても出てこないし非常に困る
- その意味を聞けば、定義があやふやだったり、既に別の言葉で定義されていたりする
- 非常に高いコンテキストがそこにあるが、それに気づけず、コミュニケーションが上手くいかない
- よくある頭いいごっこの一種なのかなーと思う
- ああ、まあ頭いいごっこって言い方はしっくりくる表現だな
- 本人にその自覚はないだろうけれど、哲学者っぽく振る舞おうとしているのかもしれない
- あんまりそういう邪推はするべきではないのかもしれないけれど
- ああ、まあ頭いいごっこって言い方はしっくりくる表現だな
- 頭いいごっこって棘のある言い方感ある
- 頭は良くない という意味が含まれているように聞こえるからか?
- なるほど
- これは、侮辱の意図の図の通りの現象だな
- 暗黙に「頭が良くない」と思ってるから、「頭が良くない」というニュアンスのある言葉が使われている
- 相手を特定してないしここにもいないのだけど、いたらまた「侮辱された!」となってしまいそう
- 「頭が良くない」が漠然とけなしてるのが良くない
- 「コミュニケーションに頻繁に造語を使う人」なら客観的
- だけどそれだとまともな数学者や哲学者も巻き込んでしまう
- 数学者は概念を言語で定義してるけど、哲学者は必ずしもそうではない
- 少し考えてみたけど識別はできないかも
- 「定義のよくわからない造語を使って話している」を観測した時点では、その人が頭がよいのか良くないのかはわからない
- 「頭よく見せようという意図があるに違いない」は「侮辱の意図があるに違いない」と同類の、他人の内面に対する決めつけだからよくない
- 無能で十分説明されることに悪意を見出すな
- これも「無能」って言っちゃってるな…
少し考えてみたけど識別はできないかも
- ある人Aがある概念Mを表現したくて造語Wを作ったとする
- Aには「概念Mを表現する単語Xがすでにあって、自分が知らないだけ」なのかどうか判断できない
- だから、表現したい概念にとりあえず造語Wを割り当てる行為自体は仕方ないのでは
- ある人BがAにWの意味を質問して、説明を聞いてもよくわからなかったとする。この時
- 「AがWの意味をよくわかっていない」「Wの指す概念が曖昧」なのか
- 「BがAの説明を理解するための前提知識を持たないなのか
- これは識別できない
- ある人BがWの意味を既存の単語Xと同じだと思った時
- 実際に意味が同じであるのか
- Aが区別しようとしてるXとWの今の違いをBが理解できていないだけなのか
- これは識別できない
- なのでこれらの現象から「頭がいい」「頭が悪い」「頭がいいごっこ」という客観的な尺度の上での何かが決まることはない
- BさんからみてAさんの発言は意味不明で役に立たない、ここまでが事実
- その原因がAにあると考えるのもBにあると考えるのも解釈に過ぎない
- たぶん猿だったころの習性を引きずって「どちらが上か」を決めたいと思ってしまう
- 決めようとしない方が多分よい
- 主観的な尺度として、Bさんにとって「Aさんの発言は無益である確率が高い」
- 有益さは情報自体の属性ではなく情報の受け手の属性