『エンジニアの知的生産術』と『ハイブリッド発想術』におけるアイデア畑の差異と共通点 – R-style
- 2人が独立して、アイデアが生まれる過程に「畑のメタファー」を使っていた
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2人のメタファーは同一ではなかった
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(西尾)畑を耕す→芽生える
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(倉下)種を見つけ、それを植える→種から根と芽が伸びる
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この違いを見て僕が思ったのは「畑のメタファーが適切ではなかったかも」
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僕のシンボルスペースになかった「種」と言うシンボル
- これに猛烈な違和感
- 「種」とは何か
- 我々は「種」を手にしたときに、それが種であることに気付けるのか?
- ある情報が将来のアイデアにつながることを事前に知りえるか?
- 知り得ない
- 種であることを知り得ないのだから「種を見つける」も不可能
- 探索のパラドックス
- 発見という言葉が不適切かも
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僕のメタファーを改めて明確化すると - 明示的に種を入手したり植えたりすることなく、 - 土を耕しかき回して柔らかくしておくと、 - そこから勝手に何かが生えてくる。 - 生えてきたものが食べれる有益なものかどうかは育ってからわかる。
- それ「畑」じゃないじゃん、と今気づいた
- じゃあなんだ?
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そもそも「畑」と言う言葉で、読者がもし「きっちり区画整理されて、一種類の作物が植えられて育てられている場」をイメージするなら、それは僕の中のメタファーとはかなりずれている
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私の場合では何か閃いたもの(梅棹の発見の手帳で書かれるもの)が「種」という感じですね。
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で、種の段階ではそれがどういう実をつけるのかはわからない、という感じです。
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- 「種かもしれない、種ではないかもしれない、仮に種だとしても何の種かはわからないもの」を埋めるのであれば違和感はない
- 僕の場合は種っぽいどころか、土に埋めても有害ではなさそうな生ゴミは全部埋めてるかも
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えっ、これ正誤表で「畑→土」って修正するべきか?!
- ここ1箇所じゃなくて周辺の文章も確認する必要がある
- とりあえずしばらく寝かせて考える