BMOT主催の特別講義 東京工業大学 藤村修三教授 「ビジネスを学び、ビジネスを設計する」
- 平時と緊急時で認知負荷が違うことによりマネジメントの形も違う
- 「企業」という単位ではなく、より高次のシステムを作っていく必要がある
- 国の統治が絶対君主制から共和制に移行したことのアナロジー
- どうやって共通言語を作るかが問題
- これをどうやって実現するかに興味がある。おそらく平時においては「企業」という単位でコンポーネントと考えるのは不適切な抽象化レベルなのだと思う。
- 書いた: 企業は過度の抽象化
- 金融資本の所有主体である「企業」を、知識資本の所有主体である「個人」がインターコネクトすることで、企業を超えた高次のシステムが作られるのではないか
- これをどうやって実現するかに興味がある。おそらく平時においては「企業」という単位でコンポーネントと考えるのは不適切な抽象化レベルなのだと思う。
Facebookでのメモ https://www.facebook.com/nishiohirokazu/posts/10217975133106458 2019年4月11日 ·
- 昨日の藤村先生の特別講義は面白かったポイントがいくつかあって、一つ目は緊急時のリーダーシップと平時のリーダーシップの差について。
- 定量的KPIに引きずられたりしがちなのも、軸が多様な状態で一人の人間が判断しようとするとその人の認知能力のキャパシティを超えるからだ。
- この問題を解決するには、より具体的情報に近い位置にいる人に意思決定を委譲する必要がある。
- 情報の伝達、つまり言葉にして送信することと、言葉を受け取って理解することのコストが大きくなる
- ちょうどティール組織の話題で議論されていたところだ。
- ティール組織でも緊急時にはトップダウンの組織形態を選択するが、逆にいえば平時には選択しないわけだ
- もう一つ面白かったところは「企業」という単位ではなく、より高次のシステムを作っていく必要があるという話で「産業共和制」と呼ばれていた。
- あ、そうか、平時と緊急時って言ったけども「追いつけ追い越せ」の状態は軸が絞られてるからこの二分割だと緊急時の側の仲間なのか
- 明治以降、追いつけ追い越せ価値観に基づく経営が行われてきた
- 中山 ところてん
- そう考えると、「平時と緊急時」というより「軸が絞られている状況」「軸が絞られてない状況」とする方がいいのかもね
2023-07-27