首都大学東京 情報通信特別講義2017のフィードバックを見ていて、僕が言葉足らずなせいでうまく伝わってなさそうだったので補足をします。
講義では「コンピュータが人間を超えるのではないか?いつ超えるのか?」という考え方に対して「おかしい」と指摘しました。これが誤解を招いたのですけど、ここで僕は「コンピュータが人間を超えることはない」と主張したわけではありません。
コンピュータの能力が高まるにつれて、「人間+コンピュータ」の能力も高まる、という話をしました。 コンピュータを使う人間は、コンピュータの計算能力や、インターネットを介した情報通信能力や、検索エンジンによる情報検索能力を手に入れて、現時点ですでに生身の人間よりも高い生産性を発揮しています。 その状況で、コンピュータと「生身の人間」を比較して、「コンピュータが生身の人間を超えるのかどうか、いつ超えるのか」を考えるのは有益ではありません。これが言いたかったことです。
ここからは補足です。
Q: コンピュータが人間を超えるか?
- 例えば縦軸を「情報を正確に記憶する能力」にすれば、人間は1GBのUSBメモリにも負けています。1GBあれば円周率を10億桁余裕で覚えられますが、人間は円周率を10億桁覚えられないからです。
- 例えば縦軸を「高速に計算する能力」にすれば、人間は250円で買えるマイコンにも負けています。250円のマイコンですら20MHzで動くので、1秒間に2000万回の足し算ができます。人間にはできません。
- コンピュータの記憶能力と演算能力を組みあわせると、1万冊の本から特定のキーワードが含まれているページを取り出すなんてのも大した時間を掛けずにできます。人間はそこまで高速にはできません。
- 縦軸を漠然と「かしこさ」とか「知能」にして、中身をあいまいにしていると、まだ人間が勝っているような思い込みをしてしまいます。しかし「頭を使ってやる作業」を具体的に書きだしてみると、結構な領域で既にコンピュータが人間を超えています。
- なので漠然と「コンピュータが人間を超えるか?」と問うのは、有益ではありません。
Q: コンピュータがすべての知的能力で人間を超えるか?
- この問いは漠然とした「コンピュータが人間を超えるか?」よりはだいぶ有益です。
- そして私はこの問いの正解を知りません。面白いのでわからないなりに考えてみました。
- まずコンピュータが人間に囲碁で買った話に関して。もし今、もう一つ囲碁と同じぐらいの難易度のゲームXがあったとしたら、そちらのゲームでコンピュータが人間に勝つのはいつ頃でしょう?
- AlphaGoのプロジェクトと同じくらいの有能な研究者を、同じくらいの人数やとって、同じくらいコンピュータを用意すれば、たぶん同じくらいの時間で人間に勝てるようになるでしょう。
- 問題はそのプロジェクトをやることによって企業が得る利益です。AlphaGoは一番乗りだったので注目を集めて広告宣伝効果が高かったかと思いますが、これ以降のゲームは二番煎じになるのでそれほど広告宣伝効果が見込めません。
- 企業が経済的合理性に従って行動するなら、ゲームXで人間に勝つのには囲碁で勝つのよりもはるかに長い時間がかかるでしょう。
- 現時点でコンピュータによって行われていることは、行なわれていないことに比べて「コンピュータでやりやすいこと」だと考えられます。
- であるなら「まだコンピュータでやられていないこと」は、今までの問題よりも難しく、時間がかかるはずです。
- すべての能力で機械が人間を超える時が来るとすると、その直前には「ある能力だけが人間に負けている」という状態で、これは多分一番機械でやるのに向いてない能力でしょう。
- 機械の性能向上のペースと、問題が難しくなるペースのどちらが速いかは自明ではありません。もし問題が難しくなるペースの方が速いなら、問題解決のペースはどんどん遅くなるはずです。
- 漠然と「コンピュータは指数的に賢くなる」と思っている人が多いように思いますが、縦軸に網羅率を持ってきた場合、難しい問題が後に残されるので100%に近づくほど時間がかかる可能性があります。
- そもそも本当に加速してるんですか?
- 直近を見ると加速しているように見えるとしても、長い視点で見るとこうなのでは?
- Deep Learningの登場によって、コンピュータの画像処理能力は格段に上がったのは間違いないでしょう。だからといって科学の進歩の速度が上がったのかというと疑問です。いまだに科学は、人間が英語で書かれた文章を読んで理解して、人間がプログラムを書いて実験し、人間が英語で論文を書いて発表し、というサイクルで進歩しています。画像処理の進歩でこのプロセスのどこかが改善されましたっけ?
- 僕はarXivなどによる「インターネット上での論文の共有」の方が科学の進歩に与えた影響は大きいと思います。Deep Learningに関しては、それ自体ではなく、ソースコードの共有や、学習済みモデルの共有の仕組みが整ってきたことの方が影響が大きいと思います。