誰にとっても正しい知識」を集めようとしたせいで「誰にとっても当たり前な内容」になってしまい、経済的な有用性が失われる

先日の資格試験の議論で出てきた「誰にとっても正しい資格試験を目指そうとして、陳腐化した古臭い内容だけになってしまう悲劇」という種から今日ひょんなことで双葉が出てきたんだが、かつてのマインドピクセルプロジェクトは「誰にとっても正しい知識」を集めようとしたせいで、集められたものが「誰にとっても当たり前な内容」になってしまい、経済的な有用性が失われてしまったのではないか?