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一つの大きなコミュニティがある それが目立つことで「それが主たるコミュニティ」という見え方をする しかし実際には無数の小さいコミュニティがある

Twitterがしばらくこの「主たるコミュニティ」の見た目をしていた その後、Elon Muskに対する反発などから人が多様なコミュニティに移っていくのを見て /villagepump/情報発信の場が増えすぎて辛い となる

でも情報は容易に複製されるので情報自体の価値はゼロに近づき、自分の状況に合わせた要約(=パーソナライズ)が価値を持つ。このパーソナライズのためには人となりが知られている必要があるので、必然的にそれができる程度に小さなコミュニティであることが求められる。

自分の内面を共有できる場所は閉鎖的で小さいコミュニティの一部にはあるものの、公共空間には存在しない --- /villagepump/自分語りのできる場所

motoso SNSとは無縁の小さなコミュニティに複数個入って話をしたりしてるけど有益な議論や論点が出てくるし突然コラボが発生したりする。特に社会課題へのアプローチはこっちの方が打率が高い印象。SNSでもシームレスにこういう状況を作れないかなぁ。 motoso Twitterはいろんなアスペクトが見られて面白いんだけどいかんせんバズるものが単純化されすぎる motoso エンタメは単純でも面白いから相性はいいけど、少し考えないとわからないような話題は構造的に向いてないし、帯域の小ささを感じる。帯域の小ささといえばチャットツールや行動の議論もそれを感じる。

motoso Twitter、ひっそりやってる人がブツブツ言ってるのを見るのがかなり面白く、トレンドに物申すのがかなりつまらない

家庭は小さなコミュニティ