先行概念マッピング

  • 種類: メタページ(編集方針)

このページの目的

宇田川氏は自身の思想や造語を「新規」「世界初」と主張する傾向があるが、知的生産・知識管理・認知科学・哲学・情報科学の分野では、しばしば 既によく知られた先行概念に対する独立再発見 にあたるケースが多い。彼の主張する「新概念」によりよく知られた過去の概念がある場合に対応関係を整理する。

これは批判ではなく、読み手が彼の思想をより広い知的伝統の中で位置づけられるようにする ための地図である。実装や組み合わせ方には独自性があるケースも多い。

タイムラインの目安

「先行」概念として扱うかどうかは、宇田川氏の発想時期を基準にする:

  • デルン構想: 2002年(宇田川氏17歳)
  • 希哲館事業発足: 2007年
  • デルン実用化: 2012年
  • デライト正式リリース: 2020年

したがって:

  • 2002年より前 のものは明確な「先行」概念。
  • 2002〜2012年 のものは、宇田川氏が私的開発を続けていた時期に世に出ているので、独立並行的な発展 と捉えるのが公平。
  • 2012〜2020年 のものは、宇田川氏の実装が先行している場合がある。
  • 2020年以降 のものは「先行」ではなく「同時代の比較対象」。

各表の下に 時期注記 をできる限り付ける。

対応表

特筆: ジェンドリンとの大規模並行

ユージン・ジェンドリン(1926-2017)の哲学 は、宇田川氏の主要概念群(輪郭・認知対象・高度非言語思考・言語演劇論・FPN)と 一対一近くで対応 する。詳細は ジェンドリン ハブページ参照。

宇田川氏ジェンドリン
輪郭aspects / facets / sides
認知対象”…” (the implicit)
高度非言語思考felt sense / Focusing
言語演劇論carrying forward
FPN / 神経目線”in” rather than “looking at”(俯瞰せず中から)

両者の共通祖は ホワイトヘッドのプロセス哲学。宇田川氏は Whitehead 影響を明言、ジェンドリン未言及。宇田川氏の発想時期(2002)と独立に到達した可能性もあるが、ジェンドリン哲学は半世紀の蓄積を持つ。

知識構造/識別子

宇田川氏の用語先行概念提唱者・出典関係
輪郭法輪郭構造「側面(aspects/facets)」ジェンドリン(1962-)文脈で異なる側面が立ち上がる。輪郭の哲学的祖型。
同上Semantic NetworksQuillian (1968)ネットワーク状の概念表現
同上Concept MapsNovak (1972)概念をノードで結ぶ図的表現
同上Topic Maps(ISO/IEC 13250)Park, Hunting ほか (2000)「同名でも文脈で別物」を扱う「scope」機構を持つ
同上DAG(有向非巡回グラフ)グラフ理論「複数の親を持つ階層」は CS では DAG として知られる
同上MemexVannevar Bush (1945)関連付け(associative trail)を持つ個人知識装置
同上TinderboxEastgate Systems (2003-)階層 + クロスリンクのノートツール
知番(認知対象に振る ID)URI(汎用)RFC 1630(1994)「あらゆるリソースに一意な識別子」の Web 上の実装。デルン構想2002より前。
同上データベースの代理キー(surrogate key)リレーショナルDB理論(1970年代-)「自然キー」と「人工キー」の分離は標準的な設計原則。明確な先行。
同上DOI(論文ID)1998-、国際DOI財団「文書」に名前と独立な ID。先行。
同上Linked Data 4原則Tim Berners-Lee(2006)URI を実体識別に拡張する明示的方針化。デルン構想2002より だが、同時期の Semantic Web vision(TBL 1999-2001)はあり、 並行的
同上Wikidata の Q-numberWikimedia(2012-)大規模実装としては デルン実用化と同年。比較対象として有用だが「先行」ではない。
意味符号化(意味コード)Semantic Web / Linked DataBerners-Lee, Hendler, Lassila (2001)意味を機械可読な符号で扱うビジョン
同上WordNetMiller (1995)意味ごとに synset ID を持つ
同上ConceptNetMIT Media Lab多言語の概念ネットワーク
同上CycLenat (1984-)万象の意味を形式化する半世紀規模のプロジェクト
同名輪郭が複数あってよいTopic Maps の scope(上記)「同じ名前で異なるトピック」を制度的に扱う
同上Wikipedia の曖昧さ回避ページ一般的な実装「ジャクソン」が複数の人物を指しうる、を扱う
同上Kripke の rigid designator 議論Kripke『名指しと必然性』(1980)名前と指示対象の関係をめぐる哲学的論題

思考・認知

宇田川氏の用語先行概念提唱者・出典関係
高度非言語思考felt sense / Focusingジェンドリン(1962, 1978)身体で感じる言語以前の意味の塊を理論化+訓練法化。最も近い先行。
同上暗黙知(tacit knowledge)Polanyi (1966) 『暗黙知の次元』言語化されない知の存在を理論化
同上Dual Coding TheoryPaivio (1971)言語的表象と非言語的表象の二重符号化
同上Mental imagery 研究Kosslyn ほか視覚的思考の認知科学的探求
同上Embodied cognitionLakoff & Johnson (1999)身体的・非言語的な認知の重要性
論理共感覚共感覚(synesthesia)Galton (1880) 他、確立した研究領域数列に空間を感じる number form など、関連現象は古くから知られる
同上Spatial-sequence synesthesia共感覚研究抽象概念に空間性を感じるサブタイプ
FPN / 神経目線Memex の associative trailBush (1945)ハイパーテキストを「歩く」発想の原型
同上Wikipedia walk日常的な用語グラフ上を一人称で渡り歩く体験そのもの
同上Path-based queriesグラフデータベース理論グラフを「歩く」クエリパラダイム
大脳検地(内側からの脳科学)Phenomenology(現象学)Husserl (1900-)一人称視点からの意識構造記述
同上IntrospectionWundt, James (1890頃)内観的方法。心理学の古典的アプローチ

言語・哲学

宇田川氏の用語先行概念提唱者・出典関係
言語演劇論carrying forwardジェンドリン『A Process Model』(1997)言語が implicit を運び出すが汲み尽くせない理論。最も近い先行。
同上「あたかも(als ob)」の哲学Vaihinger (1911)虚構として本気で語ることの哲学
同上演劇論的社会学Goffman『日常生活における自己呈示』(1959)社会的相互作用を演劇として捉える
同上言語ゲーム後期ウィトゲンシュタイン (1953)宇田川氏自身が対比対象として明示
認知対象 を捉える”…”(暗黙のもの)ジェンドリン言葉未満だが認知の対象となっている「あれ」を理論化
同上志向性(intentionality)Brentano, Husserl「意識は常に〈何かについての〉意識」
同上Object-oriented thinking / Entity-attribute modelsデータベース理論「実体に属性を貼る」発想は普及している

翻訳語

宇田川氏の用語先行概念提唱者・出典関係
希哲(philosophy 訳)「希哲学」西周(にし あまね) (1860年代、津田真道『性理論』跋文が初出)西周は philosophy を最初 「希哲学」 と訳し、後に「哲学」へと改めた。宇田川氏の「希哲」は事実上 西周の最初の訳語の復活本人が 2013-04-13 の輪郭 K#F85E/9974 で西周由来であることを明示している。詳細は 希哲学
希哲館訳語 全体明治の漢語翻訳事業明六社(西周、福沢諭吉、中村正直ら)1873-カタカナ語を漢語に置き換える試みは150年来の伝統
同上西田哲学の和製漢語西田幾多郎(明治-昭和)「絶対矛盾的自己同一」など独自漢語による哲学

ツール/製品

宇田川氏の用語先行概念提唱者・出典関係
KNS(knowledge networking service)TwineRadar Networks(2007)「knowledge networking」を名乗ったセマンティック PIM。デルン構想2002より後、並行的。先行ではない。
同上Are.na(2011-)共同的・視覚的な参照ネットワーク。並行発展
同上Stack Exchange(2008-)Q&A 型の知識ネットワーク。並行発展
同上Vannevar Bush の MemexBush(1945)「個人知識のネットワーク化」のビジョンとして明確な先行。
手のひらに大脳を / ニューブレインMemexBush(1945)個人外付け記憶の最初期ビジョン。明確な先行。
同上Extended Mind hypothesisClark & Chalmers(1998)外部装置を心の一部とみなす哲学。明確な先行。
同上Distributed CognitionHutchins(1995)認知が脳の外まで広がる視点。明確な先行。
同上Building a Second BrainTiago Forte(2022)PKM 普及書。デルンより20年遅い。宇田川氏が批判する「セカンドブレイン」の同時代的な普及例として参照。
マインドクラフトGamification of learning90年代以降のEdTech知識育成のゲーム化。先行系譜あり。
立体アウトライナーTheBrain(1997-)複数親を持てるノードベース知識管理。明確な先行。
同上Tinderbox(2003-)階層 + 自由リンク。デルン構想2002の直後、並行的。
同上Roam Research(2020-)block reference によりブロックが複数文脈に出現。デライト公開と同年、並行的。

思想・社会

宇田川氏の用語先行概念提唱者・出典関係
メカソクラテスELIZAWeizenbaum (1966)「対話で気付きを促す」最初期の機械、ロジャース派模倣
同上Intelligent tutoring systems / Socratic tutorAI教育研究 (70年代-)ソクラテス問答型 AI チューターの研究
大衆知性主義Democracy and EducationDewey (1916)「万人が思考者であれる教育」のビジョン
同上被抑圧者の教育学Freire (1968)大衆を主体的に学ぶ存在として位置づける
同上生涯学習 / lifelong learningUNESCO (1972)万人が学び続ける社会像
フリーソフィー(無料は品質)Free Software philosophyRichard Stallman (1985)「free as in freedom」と「無料」の哲学
同上Free CultureLawrence Lessig (2004)無料・自由を文化として論じる
投稿公開原則(隠さない設計が最強)「Security through obscurity は弱い」Kerckhoffs(1883), Schneier秘匿に頼らない設計の古典原則。明確な先行。
同上Default-public SNS初期 Twitter(2006), Reddit(2005)既存の SNS 設計パラダイム。デルン構想2002より後だが、デライトの「投稿公開原則」恒久化(2010年代)よりは前。
同上Quantified Self / Lifelogging(2007-)デフォルト公開で自己を晒す運動。デルン構想より後、並行的
ジパング計画Project XanaduTed Nelson (1960-)宇田川氏自身が 明示的にオマージュ していると述べる
造語論新語形成論 / Neologism studies一般言語学造語の機能・受容に関する研究領域は豊富

どこに独自性があるか(公平を期して)

  • 特定の実装としてのデライト(同名輪郭がOK、知名と知番の分離、未公開フラグの恒久化など)の 設計の組み合わせ は、上の先行概念それぞれの単独形よりも統合的。
  • マイクロブログ+PKM の融合: SNS と PKM を「同じ場で」「全員共有のタイムラインで」「未公開もありで」運用するという具体実装は珍しい。
  • 漢語訳の継続的整備(希哲館訳語): 個人がこれだけの規模で訳語を作り続けるのは現代では稀。
  • ジェンドリン的な felt sense の哲学を、PKM/SNS という具体実装に落とし込んだ ことは、ジェンドリン哲学・現象学にもなかった寄与。理論を Focusing という訓練法に止めなかった点で。
  • 大衆主義のレトリック(デコキム理論: 知識管理ツールの普及戦略として「キムタクが必要」と真面目に主張するのは確かに独自。

参照